FC2ブログ
Home  All  Log in

あかつき 事件簿

学園長の 身辺報告や雑感を 週刊誌風にまとめたものです

2/23今週のスクラップブック

共感覚を商品化したアイディアがステキ!編集する2018年02月21日00:55全体に公開 6 view

1枚の画像が音楽に自動変換! 元・三木道三のDOZAN11が開発した音楽ソフト「PhotoMusic 2」が斬新すぎる
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=128&from=diary&id=4995175

共感覚を持つヒトは、社交性が弱く、生きづらさを感じているヒトが多いので。
こうしたソフトで、共感覚の変換力をみがくと、自信になるかもしれない。

最近も、芸術を消費利用する仕事の世界で、やたら空虚な同化圧力を感じて、驚いたばかりなので。

アスペルガーの突破力を、うまく支援してくれるソフトは、大歓迎です。








昨日あるところで、編集する2018年02月20日18:38全体に公開 15 view

4,50歳代の女性20名近くを前に、日本で最初の西洋画家である高橋由一の「鮭」の絵について、お話したところ。
呼んでくれた若い女性の美術史家は、江戸時代からの年取り魚が、東日本では「栄える」にかけた鮭で、西日本では出世魚のブリであることや、特に関東では、暮れや正月に鮭を贈答する習慣を知らないとのことで、驚いた。

たしかにマンガ「サザエさん」でも、波平さんが年始回りのお屠蘇で顔を赤くして、荒巻鮭をぶら下げている姿は、最近は見かけない。

まして、荒巻鮭は、ほとんどが体長90cm前後のシロサケで。
由一が描いた130cmに達する鮭は、アリューシャンやカナダといった北太平洋にいるキングサーモンが、日本海にまぎれこんだモノだろうというワタシの話も、意味が解らなかったかもしれない。

本州では絶滅した陸封型のイトウは、十勝川で2mを超えた記録があり、なんでもモンゴルでも2mクラスは、普通にいるらしい。

東日本での鮭は、保存の効く魚として平安時代から珍重され、全国で、あら汁、潮汁、三平汁、塩が乏しかった北海道でのイクラ粥、エラと白子のたたき、煮込み汁、チャンチャン焼きといった鮭料理が、郷土料理として発達している。
鮭は捨てるところがない魚で、肝臓は「ふめん」、氷頭なます、鮭トバ、燻製、筋子、白子、カルシュウム補給の背骨の缶詰め、と、利用方法は実に豊富だ。
皮は、靴にまで使用された。
特に栃木では「シモツカレ(鮭の頭と野菜を煮込んだもの)は、江戸時代は飢饉のときの救荒食として重宝され、今も伝統料理として大切に守られている。
*ついでながら高橋由一は、その栃木の出身でもある。

地震を起こすのは本州ではナマズだが、鮭で命をつないできた北海道では鮭で。
アイヌの民話では、鮭は若い娘に変身して、人間の男と恋までしている。

で、日本近海でとれるシロサケは、90cm以下がほとんどらしく、由一の原寸大の「鮭」の絵は、10点ほどあるそうだが、みな120~130cmに近い巨大な姿で、切り身を曝して、魚拓にはない生々しさを描き上げているが。
最近の細かな研究によると、由一一人の手ではないらしい。
それもあって、芸大収蔵の「鮭図」は、重要文化財にはなったが、国宝には昇格できないらしい。

しかしこの姿は、由一たちが銀座で開いた個展では、ろうそくの光にゆらめいて、人々はその真に迫る描写に驚いたという。
まさに由一の狙いはこの油彩の、「だまし絵」的迫真性だったようで。
*ちなみに、親父が学んだ上のの芸大は、スケッチをうるさく指導したとのことで、親父はこの写実力で、若い時期、家族を養っている。

初代山形県令の三島通庸は、由一に命じて、土木工事や役所の建物の記録画を描かせている。

由一に鉛筆画と油彩を習ったのが、鶴岡藩出身の、うちの母方の曾祖父だった。
彼はこの鉛筆画の技法を使って、明治14、5年ごろ、当時の考古学発掘資料である、弥生土器やハニワを記録して、今は慶応図書館に収蔵されている。

写真技術がまだ未発達だった明治期の油彩は、魚拓と葉違った、その迫真の写実性が、高く評価されたわけで。
10本近く残る由一の、130cmの原寸の「鮭」図は、掛け軸や宿屋の看板に使われた可能性が高い。

なんであれ、今でも大衆魚として人気の高い鮭も、輸入量も豊富なので、いつでも食卓に乗る食材ながら。
その平安時代にさかのぼる、鮭の歴史的文化的な背景は、ほとんど忘れられているようで。
由一の鮭のインパクトも、最近の小ぎれいな絵の前では、「ヤニ臭い」と、教科書からも忘れられようとしている。


現代の生活の豊さと文明化と文化のグローバル化のなかで、食卓で兄弟で鮭の皮を争った経験のない今の日本人は、物や人間との関係性が希薄になるのは、当然かもしれない。

*由一の「気迫の絵」が、「希薄」の誤変換を起こしたというお話です。


コメント



イイネ!(2) となっ! ハチコ




政治家安部家の後継者の甥っ子本人は編集する2018年02月20日17:41全体に公開 6 view

■安倍首相、データ誤用「深くおわび」=裁量労働、法案撤回せず
(時事通信社 - 02月20日 12:05)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=4&from=diary&id=4994469

「下々の生活を見るため」に入った今の会社では、遅刻の常習犯で。
上司が注意したら、ゴッドマザー気取りのアッキーが、首相秘書連れて会社に怒鳴り込んできて、上司が本社でツルシゲられたって話は、前に書いたけど。

野党の追及が、「~だろう」「~に違いない」の憶測追求では、安部答弁では、全て否定されるだけじゃないのかね。

この問題も、アッキーの身辺を調べると、「甥の働き方改革問題」で、しっかりした証拠が掴めるとおもうけどな。

なにせ甥は、遅刻の言い訳に「時計を持ってない」と上司に答えたので、上司が2千円の時計を買い与えたところ、本人は2百万円からする時計を、いくつも持っていることがわかったとか、前にmixi日記で、「お仕事指南役」の直属の上司が嘆いてた。

だからこうした時間データの違いは、高価な時計を使って計算したんじゃないのかな?


またシーズンが来た編集する2018年02月07日11:58全体に公開 14 view

毎年、今の時期、夕方は、緊張する。

「ダイヤモンド富士」が見える時期が近付いているからなんだけど。

同じマンションのペントハウスに住む90歳になる西太后(女房の母親)が、この時期になると、家族一同に禁足令を発令して、「ダイヤモンド富士を見ること」を、一族に強制する。


年2回、せいぜい1回3日間の緊張をせまられる時期になる。

一度など、わざわざ出先に電話があって、「すぐ帰れ!」の連絡があったくらいだ。

「金運開運のマジナイ」になるともきいてないが、なぜかこだわる女房の母親は、自分の威光にかけて、家族にこれを強制している。

そんなに好きならと、写真を撮ってやっても、婆さんみむきもしないで、毎年、時期が来ると騒ぎ出す。

爺さんの命日など、、孫に注意されるくらい関心が低いのに。

婆さんの「ダイヤモンド富士」信仰には、孫たちはソッポ゚向いてるから、彼女が死んだら、この習慣は消えるのだろが。


西太后のこうゆう精神的支配力の発揮は、記憶には残るだろう。


全国の高齢者の日本人が、一目でわかる絵は、富士山の絵だという。

全国に**銀座とならんで、**富士が、やたらある。

矢張り富士山は、統一民族国家幻想の重要なキーワードらしい。

世界的にも、首都の近くに3千mクラスの独立峰がそびえる国は、少ないとかで、

幕末に横浜に入った外国人が、富士山の写真や絵葉書をお土産にかったので、富士山は世界でも有名になったとか。

先日、カナダ人で、富士山の文化史を研究している若い教授が語っていた。

ただ知識が、当時の新聞ネタを集めた程度だったので、平安時代から、鎌倉や、室町や、江戸幕府といった武家政権にとっての、当時のフロンティア関東」の象徴である富士山の意味を教えてやったら、そんなこと、聞いたことが無いという。

出版社が、もうかるからと宣伝する、日本の歴史修正主義者たちがひろげる日本史は、マンガ的すぎて、大人の教養になってない証拠だろう。

深層心理に深く根ざす「90歳の婆さんにとってのダイヤモンド富士」の話をしてやったら、カナダ人の若い学者は驚いていたが、連れてきた日本人の編集者は、意味不明顔で逃げ出していった。

それにしても、何を目的にしているのかも見えない、最近の安倍クンの憲法改正論議は、資本主義国家の政治の劣化を象徴して、底が浅い。

女房も婆さんも、強烈なネトウヨ嫌いで、特に婆さんは体験があるから、改憲反対派だけど。

90歳の婆さんの「ダイヤモンド富士」幻想へのこだわりの方が、正体がつかめないだけに、奥が深い。

*************


*ところで、この2月中に、MoMA(ニューヨーク近代美術館)が開発した、「対話型芸術鑑賞会」である「アーツアライブ・プログラム(日本での通称「アートリップ」)」の正式コンダクターの資格を、私は取得します。
ワタシの田舎である東北では、私が初めての資格取得者だそうで。

*この鑑賞会方式は、もともとは、寄附で成り立っているMoMAのスポンサーが高齢化して、絵が楽しめなくなったことに対応して開発された、スポンサー・サービスの「対話型鑑賞会」プログラムだそうだが。

それを拡大してMOMAが、医師や施設の協力を得て「認知症患者を対象にした美術館活動」として発展させたサービスだとか。

従って、今、日本では、新たな認知症クライエトの「生活の質的向上」を目指したサービスとして、介護施設職員などを中心に、急速に広がっている、新しい介護サービスとして注目されています。

2月の訓練講座も、99%介護関係者で満席で、「美術関係者」がまだ希少であるとの理由で、やっと席を確保したくらいです。

まあ、72歳の受講者ということで、老い先短いことを考慮しろと、脅した結果でしょうが(笑)


*一方、これとは関係なく、「対話」を活用した統合失調症・急性期の治療として、フィンランドで発達した「オープンダイアローグ」の治療手法が、医師が患者に専門家としての見識と薬を押し付ける教条主義治療とちがって、患者や家族やスタッフ医師が横並びに対話することで治療プロセスに参加することで、施薬や入院期間の短縮での効果が目覚ましい「ポストモダン」の新しい精神病治療法として、ここ数年、日本でも注目を集めています。

ただここでは、こうした厄介な問題は専門家任せるとして、絵画鑑賞をより軽便に、かつ快適な環境にすることで、誰でも(高齢者でも、認知症患者でも、精神障がい者でも)参加できる治療的枠組みとして、「アートトリップ」の「対話」方式は、公衆衛生的に治療的効果があると私が考える根拠として、紹介するのにとどめておきますが。


去年秋の仙台市の展示会で、精神障がい者のケアハウス・メンバー7名と、今年1月には2ケ所の特別展ギャラリートークで、各1回、たまたま居合わせた健常者を相手に、都合3回実験したところ、参加のみなさんには大変よろこんでいただき、参加者からは「是非、続けて欲しい」との声を頂きました。


もともと絵画は、例えば15,6世紀オランダのフランドル派のヒエロニムス・ボスの幻想絵画「快楽の園」などは、一度に大勢で鑑賞して、色々と描かれた絵の意味などを話しあった「寓意画」なわけでして。
絵の鑑賞には、宗教的道徳的「対話」が前提があったわけです。
絵から寓意性がなくなったのは、形や色で画面を構成することを重視したセザンヌやマチスなどの近代絵画になってからです。

ともかく、今回の実験の好評は、ワタシの知識見識ではなく、「アートリップのプログラムそのもの」=「オープンダイア-グがいう「対話の力」」であることを実感した次第です。


*したがって、私の場合の「アートリップ手法」は、より専門的な「オープダイアローグ」理論を背景にした確信がありますが。

遣ることは「対話」ですから、それが表に武器や鎧として専門知識が、目に見えて現れるわけではありません。

実は、「オープンダイアローグ」の「対話」では、専門性を否定はしていませんが、クライエントや家族や介護者も含めて、「ポリフォニー(多声性)」(西洋音楽で複数の旋律が対応にあつかわれる様式)によって、「不確定な状況に耐え」ながらの「止揚された知見」を参加メンバー全員が共有することが目的にされています。

そのプロセスが、クライエントの混乱に、「治療効果を発揮する」と言う考え方です。
別な言い方をすると、幼児が親を見ながら言葉を獲得していく、「育て直し」のプロセスともいえます。

それだけに「オープンダイアローグ」でも、参加した専門家の「適切」な話題の注目度が、予後に大きく影響するという調査結果が出ています。

薬や入院に頼らない分、「対話」に参加する専門家のセンスと熟練度が重要度を増すという点では、普通のカウンセリングと同じです。

*この治療法のエビデンスについては、すでにフィンランドを中心に北欧各国での、30年以上の実績と理論的研究がありますが、それは専門家の論文を読んでください。

ただ過去30年近く、不登校児を中心に見守りしてきた経験からいって、この「オープンダイアローグ」の手法はまったく違和感がなく、むしろ自分がやってきた経験を改めて「整理してもらった」感があります。

********

*去年「アートリップ」の話を、ある県立美術館館長に話したところ、「是非見学させて欲しい」と、興味を示してくれました。


絵も描かない専門学芸員の、「学術的詳しい解説」では、マニアックな教養は身についても、絵は楽しめないわけでして。

今後、公立美術館でも、「鑑賞者による対話」を中核とするアートリップは、10年後には主要な「公共サービス」として、導入せざるを得なくなる手法と思われます。


私自身は、「認知症対応」だけでなく、身近な田舎の展示会でのライブトークや、「離島生活をする高齢者の質の向上」といった「過疎地・消滅集落」対象の厚生面で、当面の現場を広げるつもりですが。


元気な老人でしたら、一度その心地よさを体験すれば、すぐにコツはつかめるはずでして。

その意義が理解できない高齢者は、馬齢を積んだだけのアホですから、近づいたら時間と経費の無駄をするだけですから、相手しなくて良いです(笑)

そうゆうアホに引っかかる若いヒトって、結構多いです。

ヒトも骨董と同じで、「見かけ古ければ、価値がある」と思うのは、大きな間違いです(笑)


狙いは「対話」ですから、ある意味でネタはなんでもよいわけで。

その上で、バックグラウンドとしてのキャリアや専門性を発揮して、身近で「集団対話リード」の練習をしておいていただければ、今後皆さんが高齢者施設に入所の際は、超モテモテのアイドル老人になることは、まず間違いないと、確信する次第です!(笑)


片や孤高の絵描きの息子として、片や民間の教育関係者として生きてきた72年の自分の人生の、総括になりそうな仕事なので、これがワタシの「終活」になりそうです。

**********

以上、あと数か月で73歳になる老人の近況でした。

なにせ死神との、文字通りデッドヒートですから(笑)

若いときから、色々なものに入りあげて、女房に苦労や心配かけてきましたけど、やっと真っ当な「終活」になれたら良いな。


いえ、別に今更「真っ当」が目的ではなくて、「もしかして、オレもヒトの役に立てた?」っていう「自分の幻想」が、夢見れれば、それでもう十分なんです。


なに考えてるんだか、因果な世襲政治家の、未熟で病的な思考能力の発露で「憲法改正したがる信念」よりは、知恵があると思って、自分を慰めてます。


これが、72歳老人の「憲法改悪反対運動」です。

ネトウヨを改心させるには、「精神病的治療」が必要だということです!


まずは、「中間派を確信派に育てること」からです。








ワタシ72歳の爺で、編集する2018年02月05日15:54全体に公開 51 view

■「あたし、おかあさんだから」の歌詞、母親の自己犠牲を美化し過ぎと炎上 作詞者は「ママおつかれさまの応援歌」と釈明
(キャリコネ - 02月05日 13:21)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=210&from=diary&id=4973557

母親は、17年前に亡くなっているけど。

先日「息子が恋人!彼しかいない!」って、宣言している若い母親に会った。

「ワタシは、その言葉で育ったけど、親のエゴで虐待されたとしか、今でも受け止めてない」
って言ったら、黙まっちゃた。


「アグリッピーナコンプレックス」という仮説があって、過剰な母親の介入が、男の子の精神崩壊の際に働くといわれていて、「薬物依存、セックス依存、セックス恐怖、人間関係や夫婦関係がうまく行かないなどの状況」などの遠因になるといわれている。

まあ、それもまた、人生なんだろうけど。

結構、子どもとしては、まだまだツライけどな。

コメント



イイネ!(3) 踏 あんみつ hige_gun


こうしたユルサが、編集する2018年02月02日00:05全体に公開 5 view

■平昌行き「インフルで中止に」=自民・宇都氏、質問で軽口
(時事通信社 - 01月31日 21:05)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=4&from=diary&id=4967348

この政権政党の人気の源泉なんだろうね?

田舎の文化行政も、似たようなものです(苦笑)

知人のイギリス人ジャーナリストが、「政治家にふさわしくない人物を選ぶ日本人が、わからない」とツブヤいていましたが。


田舎の監督官庁トップの教育長が、「芸術はわからんから」を理由に、責任を放棄して、この3年布団かぶって、逃げ回ってます。

まるでワタシは、進駐軍の爆撃機?(笑)


老い先短いワタシとしては、こうしたゆるさに浸かっているヒマがないので、今年は、去年から準備していた自分の計画で、やりたいことを、やります。

さいわい、支持してくれる爺婆や若いヒトもいるし、今年に入って場を変えた2回の実験で、まったく予定外で参加した若いヒトたちから、「是非続けて欲しい」と、応援をもらったので、旗揚げします。


長生きしていると、残された時間との勝負でもありながら、一方、「最後に何かしておこう」という老人も、結構いるのが、うれしいです。




  1. 2018/02/23(金) 14:51:27|
  2. 雑感
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
<<0325今週のスクラップブック | ホーム | 18/01/24今週のスクラップブック>>

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://akatsukijknb.blog32.fc2.com/tb.php/288-80ab1d77
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

カウンタ

プロフィール

元・学園長

Author: 元・学園長


ここを執筆する 元・学園長 ですが、還暦はとうにすぎているのに、最近、江戸 手描き友禅 の修行もはじめました。

ここの絵は、当時小学4年生の男の子が描いてくれた絵です。
下手な写真よりも、はるかに元・学園長の特徴をつかんだ、観察力と表現力なので、今でも大切にしています。

はじめての方は、引越しソバ代わりのおみやげもありますので、下記をご覧ください。
引越しのご挨拶

カレンダー

10 | 2018/11 | 12
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 -

最近の記事

最近のコメント

当方の記事に、関係がないと判断したコメントは、削除する場合があります

月別アーカイブ

カテゴリー

リンク

ブログ内検索