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あかつき 事件簿

学園長の 身辺報告や雑感を 週刊誌風にまとめたものです

18/01/24今週のスクラップブック

歩き仲間にさそわれて、編集する2018年01月05日17:56全体に公開 3 view

山手七福神を巡ってきました。

いつも家族で、2日に都内の家族が長いこと頼りにしている家族定番の神様とお寺さんを、車で回っているので。

こうした由緒あるところは初めての経験でした。

港区の清正公前の覚林寺の毘沙門天から始まって、瑞聖寺の布袋尊、妙円寺の福禄寿・寿老人、山手線を越えて、目黒区の大円寺の大黒天、蟠竜寺の弁財天、目黒不動の滝泉寺の恵比寿

江戸時代は目黒不動が、一番手なそうなので、山手七福神の本来とは逆回りになるコースです。


10時15分に歩きだしてちょうど3時間12000歩のコースでした。

その後私は、いつもの目黒不動周辺の小さな御堂や羅漢さんを回って、最後はいつもお世話になっている碑文谷の溜池の弁天さんにあいさつして、14:30に帰宅。

全行程は、13.4km 19200歩 でした。


山手七福神は、見渡す限りジジババ・ツアー客で、なかにはチラシを手にした老夫婦や独居老人風女性もいました。

山手七福神だけなら、かっこうのお散歩コースです。

多くのツアー客は、ここから、渋谷、品川での二次会に散っていきました。


私は、その後の挨拶コースで、正月サボッたツケが出て、少し草臥れました。

企業内OB会のツアーもあるようで、私のお仲間の老主婦は、旦那のグループに対抗して、私をガイドに仕立てた、今回の企画でした。

彼女の旦那のグループには遭遇しませんでしたが、男の老人グループが話していたことは、歩数と熱燗の話でした。

話をききながら、日本が老人難民の国なったような錯覚をおぼえましたが

女房は、例年、水天宮にお詣りに行くのですが、そっちも老人だけで、賑わっていたそうです。


なんであれ、この山手七福神程度のコース、歩けなくなったら、オシマイですね。





今年は暮れからずーっと編集する2017年12月31日22:24全体に公開 4 view

ある洋画家の作品分析を通じて、その独特の目がうんだ妄想力が、アスペルガーの感覚の揺らぎの症歴であることをつきつめる作業をしています。


この作家の作品を子細に眺めていると、一般に「シネステジア(共感覚);外部からの刺激にたいして通常の感覚だけでなく、異なる種類の感覚も同時に生じる現象)」が関わっていそうです。


こうして今、他人の妄想世界に半分頭を突っ込んでますので、どうも日常性から遠ざかっている気がして、少しヤバイ感があります。


芸術作品というのは、表現技術によって妄想をリアル化した結果でして。
鑑賞者は、自分の中の妄想を、作品によって誘発されることで、美の陶酔にみちびかれる現象でして。

この営みは、洞窟壁画時代に現れて、以後、途切れることなく、人類は求め続けています。

それをある哲学者は「ホモ・ルーデス」と名付け、平安末期の『梁塵秘抄』では「遊びをせんと生まれけむ」と謳われた、人の営みなわけです。

同じ『梁塵秘抄』におさめられた
「仏は常にいませども、現(うつつ)ならぬぞあわれなる、人の音せぬ暁に、ほのかに夢に見え給ふ」という法文歌は、芸術作品の美の本質を、示しているようです。



とりあえず、みなさま良いお年を、おむかえくださいm(__)mハート達(複数ハート)


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  1. 2018/01/24(水) 09:09:56|
  2. 雑感
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元・学園長

Author: 元・学園長


ここを執筆する 元・学園長 ですが、還暦はとうにすぎているのに、最近、江戸 手描き友禅 の修行もはじめました。

ここの絵は、当時小学4年生の男の子が描いてくれた絵です。
下手な写真よりも、はるかに元・学園長の特徴をつかんだ、観察力と表現力なので、今でも大切にしています。

はじめての方は、引越しソバ代わりのおみやげもありますので、下記をご覧ください。
引越しのご挨拶

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