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あかつき 事件簿

学園長の 身辺報告や雑感を 週刊誌風にまとめたものです

1/12今週のスクラップブック


いきなり連想したのは、編集する2017年01月12日02:20全体に公開 みんなの日記 55 view.

シカと交尾に挑むサル、屋久島で観察される 論文「群れに属しておらずメスと接触が制限されていたからか」
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=128&from=diary&id=4379312
たとえが奇妙だけど。

50歳代の中学や高校の♂教師(フツー「教育熱心な熱血教師」が、♀生徒に懸想して、付文やストーカー・ゴッコの揚句、「愛している・結婚したかった」とか、弁解する事件が、数年に1、2度(多分ニュースになる件数が少ないだけで、実際は相当に多いはず)おきているけど。

これって、環境としてというより、年齢にかかわらず孤立した♂教師の、口うるさい家庭内シツケによりM性を強めた♀生徒への、「投影同一視」が引き起こすアクシデントなんだけど。


こうゆう妄想力が、猿や鹿にあるってことが、興味深かった。




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イイネ!(1) 猫舌 あきちゃ .


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猫舌 あきちゃ
猫舌 あきちゃ2017年01月12日 08:18 削除例えに笑いました!言葉が通じないのに投影性同一視が成り立つのか不思議。大人しい方のシカは抵抗しなかったのはもしかするとそうなのかな(´・д・`)
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絵師
絵師2017年01月12日 10:14 削除> 猫舌 あきちゃさん  どうも。猿の専門家によると、群社会で暮らす猿の場合、擬似性交行為を群内での上下関係を確認するために使う「マウンディング」にも見えるとか、言ってましたが。
群内での個体間の緊張を解くために性的仲良し行為をすることで有名な、チンパンジーの親類のボノボの生態とかを、見ていると。
「他者との交流」に、擬似性行為を使う動物は、飼い犬とかでも見られている現象で。
彼等はヒトだけでなく、ヌイグルミや2次元の写真相手でも、擬似性行為をしていることは、子でも知っていることでないのかな?
もちろんそれを、それを「投影同一視」と見るかどうかは別な話なんだけど。
性行為のフェチ化というか、マウンティングもふくめて、性衝動が、対象を変えたり、別な目的をもって行動化したりするのは、かなり原始的な行動パターンかも知れないと思ったわけです。
「言葉が通じないのに、投影同一視が成り立つか?」という点では。
もともと「投影同一視」は、機制を発動した側の一方的な幻想行動なので、これは普通にある話です。
ネアンデルタールとクロマニオンでとの間で、交配があったのか?なかったのか?
「あった」という説と、「なかった」という説と、まだまだ確認がムズカシイようですが。
その後の人類の交配状況からみても、言語の壁は、さのみ問題にはなってないようだし。
洞窟壁画をうんだ妄想力ならば、ネアンデルタールの無口ぐらいは、「性格」でかたづけるんじゃないかな?
要は、性的関係が政治的関係の表現に使われる現象は、「自分のDNAを残したい衝動だけで生きているバクテリア時代」から、根が深いってことなんでしょうな。





安倍クンの言う編集する2017年01月05日16:53全体に公開 みんなの日記 26 view.

首相「改憲議論を深める年に」
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=2&from=diary&id=4371371
「新しい時代にふさわしい」憲法は、靖国参拝に代表される、戦前からのエスタブリッシュメントの既得権への危機感でしょ?

安倍クンが考えている「美しい国」の改定憲法が、「空虚な道徳性の押し付け」以外、なんの具体性もない国家観であるなら、憲法改正しても、すぐひっくり返されますよ。

19世紀後半、ヨーロッパでの「総動員型戦争」に備えて、福祉国家が生まれた歴史を振り返れば。
帝国主義の成長とその膨大な富の分配としての社会福祉抜きに、号令だけで家族を残した国民を戦争に駆り出すことは、出来ません。
それを憲法の文言を変えるだけで「出来る」と考える政治家は、「戦前から続く祖父母の愚痴や妄言に染まって育った、2代目3代目エスタブリッシュメントの妄想」です。


今、国民のシンプルな要求は、「保育園落ちた日本死ね」なんで、それに応えられるのかな?

ここで使われている「日本」は、「自分をとりまく地域社会」の代名詞で、特に普段国民は、オリンピックの代表選手でもないかぎり、「国家」を意識しては毎日生きてません。

一方、地域社会での労働の成果を、二次、三次利用して巨大資本にのし上がったグローバル資本に、福祉や安全面で国家は利用されながら。
そのヒトや資本の国境が溶ける状況のなかで、各国の中産階級が地盤沈下や底辺化に向かうことへの不安を抱えて、アメリカでのトランプの登場やイギリスのEU離脱や白人社会でひろがる難民拒否に代表される、既存エスタブリッシュメントへの反乱がおきたわけで。

そこでTPPに賭けた景気回復策が挫折したあと、すぐに出てきたのが、トバク解禁法となると、安倍クンはなんか解ってない気がする。
「今年は、外交と経済だ!」て、ハリキッているけど、プーチンを故郷に連れ込んだように、「掻きまわしていれば、マスゴミ使って、政権維持はなんとかなる」っていう、自転車操業なことはわかるけど。

姑息をかさねても、根本を見据えた骨格をつくらないと、立ち枯れしそう。

いえ安倍政権なんか、どうでもよいわけで。

一時マスゴミがもてはやしていた「グローバル時代」の次に、どんな社会が展開するのか?

そこんところ、もう少し生きてるうちに、見つめておきたいわけで。



***********

で、この偉そうな雑文をまとめた動機は、最近田舎で、スズメの涙ほどのチャチな税金使って、田舎の芸術文化を育てる、ささやかな事業にかかわっているので、考え方のモノサシを、整理しようと思っただけでして。

まさに若い担い手の要求は、彼等の作品を「子ども」と考えれば、地方の田舎公募展にも落選するような作品で、「保育園落ちた日本死ね」なんで。

一方、中学生の授業中の落書きのようなアート作品に、地域住民を活性化する力があるのか?
となると、これまた、はなはだ疑問で。

百年残る芸術というのは、そんな安易な仕事からは、うまれないわけで。

そこに赤字財政の税金を使ってまで、シャッター街の活性化にすらつながらない、町にゴミを散らばすアートを支援することの意味は、あるのか?ないのか?

ただ精神的不安定さの固定化なら、やや心配だし。

拙くとも、「参加することに意味がある」のなら、それはそれで、メクラ判は押しましょう。
針小棒大な、自己都合に快い報告も、「種をまかなきゃ育たない」というなら、沈黙しましょう。

しかしワタシが「方向が違うよ」といっているのをシカトして2年、結果がワタシが言ったとおりの袋小路に入って。
揚句に「この先できません」では、だれが責任とるの?

「できません」を口する前に、まだまだやれることはたくさんあるわけで。
しかも周囲は20年かけて、「できること」を積み上げているわけで。
自分達に創造性が無い者が、子どもたちに、地域住民に、創造性が、育てられるんでしょうか?

箱モノなら、材料と組み立てるヒトがいれば、建物はたつだろうけど。

芸術文化の育成となると、1年2年で、形になるはずもなく。

やはり「命を削る覚悟」がないと、訴えるモノは生まれないわけで。


現に希死念慮を抱えたコンテンポラリーダンサーは、踊り始めて8年。
30歳にもなってまだまだ突発性パニックを抱えながら、生死の境を土台に、芸に成長の兆しを見せていて。
*面白いことに、彼女の最も得意の一発芸は、「死体の真似」でして。
幼い時から、何度も「自分の死体」を空想してたので、どんなポーズででも、彼女は死体が演じられるみたいで。
あまりの迫真の演技に、師匠から舞台で死体になることを、封印されたようで。


要は、ワタシの「見守る度量」「庇いきる根性」が、試されているのかしらね?(苦笑)

つまり社会経済のながれと、芸術文化の創生とは、あざなえる縄みたいなもので、政治的要請で、創造性が磨かれることは、次元が違いすぎて、ないんですよね。

今全国で、地方振興の目玉事業として、現代アートのイベントが、膨大な指揮を費やして、展開されていますが。

その実態は、遊覧船に乗った客の数を、すべて美術鑑賞者数に数えたり。

マラソン・コースを併設して、距離と空間を広げて、規模と客の数を増やすことを企んだり。

*実は、うちの人口5万の田舎都市で出来た美術館では、市役所が根拠なく勝手に吹いた「目標1万人」を、1年目でクリアして。
2年目、「1万5千」を夢見る線から、下降傾向に入り。

3年目、どうしましょう?
になったのですが。

田舎町とはいえ、年間の観光客は、約200万人が通過する町なので。


津波被害から商店街が復興するのが、来年なので。

それと連動して、やり方の工夫次第では、あと数万の数は、稼げるはずなんで。

実は、隠してある切り札があって。

それを繰り出す戦略はあるのですが。

聞いてこないから、イジワル爺のワタシは言いません。

キュレーターたちに困ってもらわないと、ワタシの話は、ホラ吹き老人の冗談としか、受け止めてないようで。

70歳を越えた老人の「ホラ話」が、人口100万の隣りの政令指定都市に出来ない美術館を、人口5万の田舎町に美術館が建つくらいの「現実性」があるということを、どうもまだどなたも、見えてないようで。

集客力も含めて、その「現実性」を保証するものが、ワタシの「妄想力」だということが、ワタシの被虐待児の性格から、どうしても自己アッピールに困難がともなうので、解ってない方が多いです(こんなことすら、初めて書きました(笑)

貧乏人の素浪人のワタシに、ド田舎とはいえ、市営の美術館が作れるなどと、だれが想像したでしょう?
*今どき、故人になった芸術院会員でさえ、県立美術館に、個人名を付けた記念の部屋が出来れば、幸運でして。
芸術家の死後、子どもの手によって雲散無常した芸術院会員の作品群もあって、今ネットで検索しても数枚の画像が残っているだけのヒトを、ワタシは何人も知ってます。
*ワタシの場合は、親父の絵の番犬に、ワタシを徹底的に仕込んだお袋の心身の虐待が、本当の功績者なんですけど(笑)

要は、ヒトは、ある支点を与えると、大きな仕事もしますが。

支点がなんなのか?が見えないヒトには、いつまでたっても、他人も力を貸してくれないって、ことです。



(この稿は、多分まだつづきます)


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ツルリンドウ
ツルリンドウ2017年01月06日 00:13 削除今後の連載、展開、楽しみに待ちます。
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絵師
絵師2017年01月06日 01:24 削除> ツルリンドウさん 
ははは、新春アケオメ・ボケ爺放談です!わーい(嬉しい顔)

ババ抜きトランプ政権の顔色に、ハラハラ・ドキドキの安倍クン政権と、ド田舎の貧民・芸術文化行政と、どうつなぐのか?わーい(嬉しい顔)

志さえあれば、ワタシは、なんでもアリだと思っているんです。

だから33歳の、人口千人にも満たない離島の期待を一身に背負って、人口5万の町の次期市長を目指す若者の養育も含めて。
若いキュレーターたちの志に、老人なりの刺激を与えるための羅針盤を、準備しておきたいのです。

でも、ズルイですよね、ワタシの立場は、「お先に失礼!後はよろしく!」なんですから(笑)

でも、母親の肉体的虐待から、精神的・人格的障害を抱えたコンテダンサーを、「甘やかすだけで、ワタシは役に立ってない」と、何度も離れようと思いながら。
幼児虐待の痛みへの、投影同一視というワタシ自身の病から、去年1年苦しみ悩みながら。
チャチな場末のButohの2日だけの舞台に、2日通ってしまって。
日めくりで、それなりの成果を見せられると、成長出来ない自分に、ガックリするワタシでして(笑)

田舎の若いエスタブリッシュメントたちだって、それなりの誇りがあるのなら、その狭い世界感を刺激してみようと思っているわけで。

いえ、ダメ元だし、どうせ無責任に、こっちは先に死ぬだけですから。

「ワタシ達は若い!」と、偉そうにしてるけど。
老人から見ると、「裸の王様」だよ!
って、イジワルしている最中でして(笑)

実は、今イジメッコしてるんです(笑)











辛2017年01月12日 03:21 削除鹿とXXXを試みるサルについてのつぶやきから来ました。はじめまして。
>帝国主義の成長とその膨大な富の分配としての社会福祉抜きに、号令だけで家族を残し>た国民を戦争に駆り出すことは、出来ません。
論理としては、そうなはずなんですよね、ただし日本人はどうも、実のある異議申し立てをしない民族の可能性もあるので。(実際にはどうなるんでしょ。)
現政権のことについては、テレビがすごいですね。某Aの「ボクいろいろ外交がんばってます」アピールにそのまま乗っかっちゃうんですから。たとえばちょっと前のプーチン来日。なめくさった大遅刻して現地でなにも起こってないのに、ずっと山口から中継してたらしい、ですし。

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絵師
絵師2017年01月12日 12:11 削除> 辛さん 気づきませんで、失礼しました。
おっしゃる通り、金で買ったマスゴミによる漫才芸のような「ヨイショ記事」に、特に高齢者は、弱いようです。
この戦略を安倍クンは、小泉政権の幹事長時代に、郵政改革への「タウンミティーング」と称する「国民的合意」捏造のための、政府広報費の地方マスゴミへのバラマキ事業で、味をしめました。
「郵政改革」という、小泉元首相の私怨のような、国民生活には大きな影響のない政策で、こうした世論捏造に、自民党政権は成功して。
それがあって、今の安倍クンの長期政権なんでしょう。
まるで戦前の、国民を戦争に駆り立てたマスゴミの歴史を、再現しているようにも思えます。


で、ヨーロッパでは、20世紀の2つの世界大戦に先立つ100年間は、小競り合いはあっても、ヨーロッパ内部では「平和」が続き。
その間、各国は、「社会の軍事化」を進め、「国民皆兵」への意識改革を進めていました。
(その仕組みの代表として、例えば各都市に配置された「連隊」組織のようなな、市民文化にまで影響あたえたものは、あまり知られていませんが、勉強しておく必要があります)

戦前の日本での国民世論も、孤立して育ったわけではなく、そうしたヨーロッパの世論操作と、無縁ではなかったはずです。
で、そうした市民生活を巻き込んだ、深く長い前提の歴史があっての、世界戦争だったわけです。
もちろん時代が違うといっても、100年かかるといっても、警戒は必要でしょう。
ただおもしろいことに、ヨーロッパでの2つの世界大戦で、旧世代エスタブリッシッメントの資産はご破算になっているんですよね。
それでも、今の新世代エスタブリッシュメントは、世界戦争に踏み切るかどうか?
踏み切るとしたら、世界企業の利益のための、手下・パシリとしてだと想おうのですが。

だから今、日本会議やネトウヨ・レベルの妄想程度で、戦争には相手も必要だし、簡単に第2次大東亜戦争も起きないだろうし、まして第3次世界大戦が引き起こされるとは、普通には思えないのですが。

アメリカに、トランプのようなツイッター150文字政策の言いたい放題大統領が誕生する状態になると、世界は先が読めない状態が続きそうなので。

動き始めてからでは「遅い」こともあるので、今から日々の庶民生活のなかから、草の根で、神経質に、戦争を「心配」「反対」することは、必要だと思ってます。

ただ今は、ネット情報が世界をつなぎますので、新聞・TVから、若者は離れています。
そこでむしろ、そうした「虚実」入り混じった「情報の氾濫」の海が、新しい「世界戦争」の発生に、どう影響するか?が、心配です。

例えば、ヨーロッパ・アメリカでは、切実な問題になっている難民問題は、まだまだ日本では、身近な問題になっていません。
こうした国民を「ガラパゴスのイグアナ化」させる「情報難民」化政策こそが、現日本のエスタブリッシュメントの狙いなんだと思ってます。

例えば、プーチン訪日へのマスゴミのヨイショ記事も、安倍クン政権の政策が手詰まりになっていることの証なわけで。
外交政策を、安倍クンの「首脳間の個人的信頼の確立」で売れなくなったら、日本が議長国になる首脳会議は、秋田犬とかのペット交換会にするのかもしれませんね。
それほど、日本の外交政策は、貧困だってことでしょう。




気がついたら編集する2017年01月05日00:06全体に公開 みんなの日記 4 view.

もう4日ですね。

90歳になる超・ワガママな義母の、ペースメーカー埋め込み手術に付き合わされて、アタフタしているうちに4日になってました。

1日にUPした富士山は、ほとんどの患者が家に帰ったガランとした病院の窓から撮ったものでした。

実はこの病院、「エンブレムの中央に富士山が入っている病院」と言えば、わかるヒトにはすぐにわかる病院でして。

なにせ売店には、病院の写真・名前入りのお菓子の缶詰とか、その他さまざまなグッズが、お土産用?に売っている世界でして。

ここに入院することが、そんなに意味のあることなのか?と、目を疑ったくらでした。


たまたま我々家族は、この病院から徒歩20分の地域に集約して棲んでいる幸運に恵まれたので。

義母も、年末に救急で入院した病院から、最新鋭の治療が受けられる今の病院に、転院させてもらったわけです。

で、手術を前に、家に帰って倒れては、家族に迷惑がかかると称して、彼女は年末年始を、携帯電話かけ放題の個室に立て籠もり。
朝7時半から、「気分がわるいの、夜寝れなかった」のと、「症状を知らせておく」と称して、自分の不安を、家族で共有する「家族愛の強要」というDV狼藉を繰り返し。

娘が、「ワタシは医者じゃないから、それは看護婦さんにいってください」といえば。
「お医者さんは、ワタシの話を聞いてくれない」と言いだす始末で。

まるで自分の部屋で手術を受けるがごとく、「あれを持ってこい・これを持ってこい」と、見事な西太后(彼女の家族内での仇名)ブリですが、この仇名は、ご近所の町医者や信用金庫や商店でも、通用しています。
彼女の気分や症状が、どんなものであっても、家族の命を吸い取り、疲弊させては、自分の首を絞めるようなものなのですが。
そこが、見えなくなると、最早、自己チュー・心身症と言うことになってしまいます。

高齢者家族内での介護疲れ殺人や心中が起きるのは、こうした状況への、心療内科的ないし老人精神病的はりょが働かないケースなのでしょう。

うちの女房は、幸い風邪気味ということで、病室に出入り禁止の特権を獲得することで、直接対決を回避し。
義弟は、外部への年末年始の挨拶廻りと称して、ご多忙で。

年末年始の「ご用聞き」と、病院内でのウオーキングによる体力作りは、犬のようにおとなしい婿殿のお仕事になったわけで。

なわけで、今年の正月はいつもの酒三昧での江戸市中七福神巡りと寝正月からガラリと代わって、老々介護の日々になりました。


ワタシも、自分の両親と、女房の父親と、3人に送っていますが。

3人とも、ワガママではありましたが、最後は理屈が通りましたが。
最後の義母は、理屈が通用しないという点で、一番厄介で、手間がかかります。


で、4日手術がおわり。
明日から、また歩行訓練とかで。

病院には、リハビリのスタッフがいるのですが。

「あの人たちは忙しいから」と、それをわざわざ断って、家族に介添えを指令するのですから、何のための、完全看護の個室入院なのか?

実際一時ヨボヨボしていた歩きも、朝夕の家族の支援で、入院以前の歩きをとりもどしたので。
医者はすっかり家族の支援を信頼してしまって。

その陰に、どんな犠牲が支払われているのかは、若い医者には見えないわけで。

連れ合いを亡くしたあとは、自分の気まぐれ最優先生活の揚句に、不整脈が出たんですから。
歳に不足はないにしても、自分で病気を作っている節もあるわけで。

ワガママが実現できれば、元気になり。
思うようにならなければ、不整脈が出て。

日本の高齢者の長寿は、こうした陰の家族の支えが、おおきいのでしょうね。




こうゆうアイディアに、編集する2017年01月04日10:04全体に公開 みんなの日記 12 view.

■こたつホッケーに手錠バレー? 「ゆるスポーツ」で運動音痴の時代が来る??
(dot. - 01月04日 07:01)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=173&from=diary&id=4369708

飛び付いてみる軽薄さが、自治体や地域を活性化するのだけど。

躊躇するのは、危機感が無いってことなのかな?


脳みそは、筋肉の一部なんで。

身体が固まっていると、知恵や知性など働かなくなってくる。

基本は、子どものころの、勝手気ままな野遊び体験に、夢中になった体験の有無なのかもしれない。


*ピカソが、子どもの絵から多くを学んだように・
創造性の原点は、何事にもとらわれない子どもの発想なんで。

こうした遊びは、老人や大人に、子ども時代を取り戻すのには、格好の練習場になるはず。

少なくとも、高齢者の心身の活性化は、地域の財産になるはず。

表向きとはいえ、ヨーロッパの地方都市は、こうした高齢者対策が、実に良く行き届いているので、街を見渡しても、どこかにうるおいがある。

スペインだったかの古い田舎町では、土地ものではない若いゲイ・カップルに、街の道端の花壇の世話を任せていた。
忌まわしい中世近世の記憶の中から、こうした新しい試みに挑戦する意欲は、見習うべきだろう。


地域社会の創造性は、奇妙に教養主義の講座をいくら積み重ねても育たないし。

現に日本の田舎の美術館には、中庭に花すら咲いてないところが、結構多い。

庭を高齢者に開放して、花作り畑にすれば、見栄を張って高い絵画を買うより、遥かに安い費用で、高齢者の心身の活性化が測れるはず。

ワタシの田舎では、郊外の熊まで寄せ集めて人口100万にした都市が、美術館すら持っていない。
それでいて、都市戦略としょうして、大衆的娯楽施設には、周辺都市を押しのけて、積極的になっていて。
周辺都市からは、市役所党出身の女市長の都市戦略論は、嫌われている。

市役所の役人の野望などと言うものは、そんな貧しいものらしい。

女市長も、流石にまだトバク場を開設は口にしていないが、かつてこれに近いヒト集め策を口にしていたことがあったから、まだまだ油断できない。

なんであれ、大型娯楽消費施設の展開からは、活き活きと舌子どもの創造性はうまれないんだけどな。



平成29年元旦の編集する2017年01月01日19:14全体に公開 みんなの日記 9 view.

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富士山


あけおめ編集する2017年01月01日00:32全体に公開 みんなの日記 14 view.

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ことよろ

富士山は、昨日の夕方のものですが。
とりあえず。



年末にきて編集する2016年12月31日02:27全体に公開 みんなの日記 13 view.

微妙な話なんですが。

90歳になる女房の母親が、2週間ほど前から、不整脈が出て、年明けにペースメーカを入れることになって、今その手術の待機中です。

他に内臓とか、特に明らかな疾患もなく。
数年前に連れ合いを送ってからは、いろいろなお稽古事に精を出して、活き活きとしてたので。

手術が成功すれば、また元気婆さんになって、ご近所老人のリーダーとして、活躍するのだと思うので。
話はそれだけのことなんですが。

この2週間ほど、つまり検査入院以降、「家で発作が出たら、みんなに迷惑をかけるから」と称して、ずーと近くの病院の個室に陣取って、朝からうちの女房や息子(女房の弟)に、「あれ持ってこい。これもってこい。いや、あれは要らない、こっちが良い」と、かけ放題の携帯で、2人の子どもに指示を乱発し。

揚句に、「知らせておくから」と称して、自分の症状や気分を、「頭がボーットする。脈が、早い。医者が、話を聞かない。看護婦が気に入らない」と、いちいち電話してくる始末で。

追いつめられた、女房と義弟の心理状態にも、影響が出はじめました。

もともと婆さんのワガママ振りには、うちの女房も苦労したようで。

こっそり、「早くこのまま、死んでくれれば良いのに」と、呟く有様で。


死んで行く不安で、自分から死期を早め、その不安に家族を巻きこむやり方は、立派なDVですね。

周囲の嫁や近くの親類とかは、仕事で介護の経験があるので、これは心療内科的対応が必要と、すぐに見抜くのですが。


さて肝心の医者たちが、そうした角度から考えないで、薬とかの対処療法で考える傾向が強く。

すぐ隣に住む棲む精神科の医者の甥などは、学会では権威なのだそうですが。

これがヘタレで、月並みな見舞い以外は、何もできずに、逃げ回っている状態で。


どうも今どきの老人は、「死人に口なし」で、「ヒトとしての尊厳を守られて送られる老人」(定義がムズカシけど)は、超マレなのではないか?と、考え始めています。

老々介護での親殺し・心中や、一方の極地の「傍に家族がいながらの事故ではない孤独死」とかも、そうしたスキマから起きている可能性が高く。

そうした家族への、適切なケアは、民生委員の数と能力では、ムズカシイんじゃないかな。
*うちのお袋のときは、田舎のうちから50mぐらいに住んでいた民生委員が、お袋が死んで半年後に、「お母さんお元気ですか?」とやってきて。
「うちから霊柩車が出たのを、見なかったの?」
とワタシに笑われて。、


ヨーロッパ、アメリカといった白人社会では、回復が見込めない病にある人が、単に死期を遅らせる意味しかない延命措置を拒否して死を迎える「尊厳死」よりも、さらに踏み込んだ、医師など第三者が薬物などを使って患者の死期を積極的に早める安楽死」を、一定の条件のもとで、認めはじめていますが。

これは日本では、まだまだ超未来型で。

自他分離が出来にくい、共依存傾向が強い日本人の古いタイプの家族では、DV状態の家族ゲームの絶頂のなかで、老人は死でいくのが、本望なのかも知れない。

なんであれ、老人一人一人の死に様は、その老人の、家族との関係もふくめた社会性(=性格)が、極限的に集約されて表現されるわけで。

死んでからも、映画「送り人」のような送り方というのは、所詮はお噺なんでしょう。


いえ、ワタシは、まだまだ送る立場なので、気になるだけで。

自分の番になったら、なるべく手間がかからないように、シンプルにしていただくのが希望ですが。

どうするかは、送ってくれるヒトたちの事情と都合で決めることで。

もうその時は、野良犬の死骸と一緒にされても、もう文句言える立場じゃないですから(笑)

何であれ、家族を疲弊させながら死んでいく老人というのは、幽霊より始末が悪いですね(苦笑)


3.11のあと、地域に現れた幽霊現象をまとめた出版社の社長は、なんたら出版賞をもらったり、NHKにも出ていましたが。

幽霊が見えないこの社長は、幽霊が見えるワタシが彼に教えたように、「幽霊は、見るヒトが、自分の中だけで見るものだ」という定義を、そのまま口にしていましたが。


TV 画面での彼の目は、なまじ自分では見たことがないので、まだ幽霊に怯えてましたね(笑)

私のところに良く出没する、両親や伯父夫婦の幽霊は、いつもニコニコして、感謝の態度ですね。

最近の伯父夫婦は、トトロ猫にまで先導して現れる始末で、すっかり遊んでるし(笑)

親父お袋に至っては、たまに墓参りしても、遊びに出ていることが多くて、不在ばっかりです。





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絵師
絵師2016年12月31日 11:42 削除障がい者の心得として、「施設に愛される人格になれ!」というのが、あるんですが。

実際最近は、愛されないと、ナチ的に処置されかねませんしね。

しかし健常者でさえ、ヒトは静かには死ねないもので。

施設に愛される人間像なんて、障がい者だろうが健常者だろうが、出来るはずもないわけで、この点でも、ヒトは平等なんですよね。

せいぜい、他人に迷惑かけて生きるのが、ヒトなんで。

「憎まれっ子、世にはばかる」は、老人の最後としては、正しいのでしょうね。

やがて日本でも流行るだろう「安楽死」も、価値観宗教観の違いで、そこまでしなくとも、と思うわけで。
路上の野垂れ死にだって、身だしなみのレベルの問題で、警察のお世話にはなるわけで。

老人になると、床屋も行かなくなるヒトがいますが。

床屋の古い番頭にいわせると、
「身だしなみがどうでもよくなったら、オシマイなんですよ。
来なくなると、1年もちませんね」
」と、笑ってましたが。
これはもっともな話で、安楽死は、最後の身だしなみ?なのかもしれません。

ある年配の設計屋さんで、汚い長髪を後ろで止めているいるヒトがいましたが。
彼の町興しプランは、ハチャメチャな非現実な話で、近所の暴走族アガリの若い商店主からも、噛みつかれてました(笑)


なんであれ、矢張りヒトの死は、そのヒトの生き様の、究極の形が現れますね。




年末最後の出張です編集する2016年12月16日09:40全体に公開 みんなの日記 9 view.

必要書類も、まだ届いてません。

田舎の行政機構では、習慣なんだそうです。

当日資料をわたされて、読み上げられて、「質問は?」といわれてもと、若い市会議員が嘆いてました。

権力を握った者が利用する、「組織的な思考停止」を目指した、テロリズムですね。




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イイネ!(1) 一葉



江戸時代の村落の境界には、編集する2016年12月15日02:54全体に公開 みんなの日記 33 view.

■大麻所持で14人起訴=長野の限界集落に移住―東京地検など
(時事通信社 - 12月14日 21:01)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=4&from=diary&id=4342051
「易者、芸者、学者、入るべからず」との表札があったとか。

今、地方自治体が競って主催する現代アートのイベントは、「外者、若者、馬鹿者」が盛り上げている。


限界集落は、消防団の維持どころか、ムラの日々の治安すら守りきれなくなっているということなのだろう。


都会でも田舎でも、若者層での格差の広がりが、低所得層のアイデンティーとして、「アート」を目指す若者層をふやし。

一方、国の方針として、自治体も固定雇用を減らして、「ワーキングシェア」→「ワーキングプア」層をふやす風潮のなかで。

見た目は華やかな、貧しい感性でも「なんかしたこと」になるみたいな現代アートの繁栄の中で、システムとしてのひそやかな「搾取」が進行しているらしい。

巷にあふれる、ライブハウスやスタジオで、同病仲間の中から自然発生したケアハウス仲間をファンにした、4,5人のオッカケや親類相手の学芸会は、ボウフラのように湧いている。

余裕のある自治体の中には、非行防止のつもりなのか、最近はコスプレにまで、補助金を出しているとか。


田舎のシャッター街では、「ヒトの交流」という大義名分がつけば、地元アーティストの手を借りた子どものハロウインのコスプレにまで、中味の貧しさに目をつぶって自治体は金を出し、やがて町会は支援どころか、主催までしてくる。


仕掛はどうでもよい。
「貧すれば鈍す」で、貧しい自治体が「なにか、しなくちゃ」と、なけなしの金を出す切実さも、想像がつく。

しかし貧しい大人の想像力で、子どもの創造性を発揮する場と機会だけは、せめて奪わないでほしい。
子どもは、見渡す限りの荒原といった、どんな貧相な環境ででも、タイミングさえ合えば、創造性の芽を育てる力をもっている。


限界集落でも、ヒトとの関わり方は、同じことでないのか?

認知症は、環境がかかわる部分が少なくない。


今回の事件の主犯者たちは、TVニュースでは、集落に溶け込もうとしていたと伝えられている。

TV報道だから、話半分にしても。

やさしい大麻仲間の、単なる偽装なのか?

ヒトとの関わりは、時々は襟を正すりタイミングを失うと、ズルズルになるんだよね。

ヒトとの関わりに、想像の悦びを見つけ出せなかったことが大麻常習につながったとしたら、それは「アート」ではないな。


自分の中の「アート」をそだてるのに、初めはみな素人なんだから、無知も未熟も関係ないから。

怖いのは、自分を誤魔化すことなんだよね。


酒を使って国宝やっ重要文化財の山水画を描いた江戸の絵師の展覧会を、昨日今日と、2日連続で見てきたけど。

彼にとって、酒は、絵具や筆と同じ、道具だったんだよね。




頼まれてないのですが編集する2016年12月14日22:49全体に公開 みんなの日記 9 view.

千葉市美術館で、江戸時代の水墨画の山水画家である浦上玉堂、春琴、秋琴の展覧会が、12月18日(日)までやってます。

http://www.ccma-net.jp/exhibition_01.html

内容と言い、ヴォリュームといい、280点以上の水墨画が一堂に展示されているので、1日では見きれない、豪勢なものです。

これだけの内容ですので、背後に研究組織があるようですが、一応、千葉市美術館主催です。

現代アートに偏向しがちな最近の自治体アートを後目に、こうした日本人の美意識の根っこを掘り下げる企画は、快挙です。


ワタシは、昨日と今日、2日連続で、通いました。


次に会えるのは、10年後かもしれないので、間に合う方は、見ておいた方がよいです。

玉堂は、「山水画のゴッホ」ですね。

見事な、イマジネーションです。

玉堂は、もともと七絃琴の楽師の感性で絵を描いていますから、構成力とリズム感が、絵には溢れています。
とりわけ、東洋音楽の幽玄性を、絵に表現しだところが、彼の魅力でしょう。

国宝・重要文化財モノは、さすがに風格がありますが。


ところが、息子の春琴が、一見、マジメでおとなしい画風で、当時は親父より人気があったそうですが。

誰も指摘してないのですが、山水画のなかに、怪しい気配を垣間見せるてるところを、2箇所ほど見つけて。

1日目は、てっきり親父・玉堂の作品で、見たと思ってたんですが。

今日確かめたら、息子・春琴の絵に、それがありました。

親父の強烈な個性を前にして、息子も独自の境地を、もっていたようです。



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  1. 2017/01/12(木) 11:05:05|
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元・学園長

Author: 元・学園長


ここを執筆する 元・学園長 ですが、還暦はとうにすぎているのに、最近、江戸 手描き友禅 の修行もはじめました。

ここの絵は、当時小学4年生の男の子が描いてくれた絵です。
下手な写真よりも、はるかに元・学園長の特徴をつかんだ、観察力と表現力なので、今でも大切にしています。

はじめての方は、引越しソバ代わりのおみやげもありますので、下記をご覧ください。
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