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あかつき 事件簿

学園長の 身辺報告や雑感を 週刊誌風にまとめたものです

0917今週のスクラップ


「ワタシはシャルリー」運動の「盛り上がり」を、編集する2016年09月04日11:17全体に公開 みんなの日記 48 view.

■伊被災者をパスタに風刺 シャルリー・エブドに非難集中
(朝日新聞デジタル - 09月03日 11:37)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=168&from=diary&id=4174993
当時ヨーロッパに出かけた孫娘世代の日本の女の子が、その「田舎から人々が、どんどんテロ直後のパリを目指す勇気」を、興奮気味に支持しているのを聞いて、老人としては直感的に、巻き込まれなければ良いがと、余計な心配をしていたけど。

すべてとはいわなけど、シャルリー思考の正体の一部は、これだったわけで。

こうした運動を、「人権の国フランス」と報じて、フランスに広がる社会の格差とカトリック信仰の衰退といった背景を報じなかった日本のマスゴミは、やはり「極東の田舎者」の性癖が、抜け切れてなかったみたい。

さいわい現地にいってみれば、当の女の子は、すぐに聞くと見るとの違いに、気付いたようで。

そうゆう炎上ネタを商売にするシャルリーも、それにすぐに便乗するマスコミも、因果な商売です。


一方、日本の貧困生活を脱出して、パリ郊外で生活を送る3人の子持ちのシングルマザーや、親の虐待からのウツ症状治療のためにパリに国外逃亡した女の子とかから、「住みやすい」とメールや電話があって、安心しているけど。


「貧困バッシング」で騒いでいる日本のネット社会と違って、流石に難民の受け入れ慣れしているヨーロッパ、特にフランスの懐の深さを感じる次第です。

政治家や社会の想像力の貧困さが、日本の若い女性の難民化を進め、一方、周辺国からブロカーを通じて嫁買いする若い男性がいて。

国境を越えて、草の根の民間交流が進んでいることは、良いことなのか?悪いことなのか?

自分の運命を切り開く舞台が、むかしと違って広がっていることは確かなので。
「美しい国」造りに邁進している狭い日本に、バッシングされてまでこだわることは、ワタシのような老人はもう無理としても、特に若いヒトはないのだと思うけど。







原発事業に関わるヒトたちって編集する2016年09月02日04:29全体に公開 みんなの日記 35 view.

■制御棒処分、70m以深 国の管理10万年 規制委方針
(朝日新聞デジタル - 09月01日 03:49)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=168&from=diary&id=4170724
その場その場の自己都合に合わせて、融通無碍なんだなあ。

>電力会社が管理する期間については「数万年とするのは現実的でない」として、300~400年間とした。

と考えるくせに、

>その後は国が引きつぎ、10万年間、掘削を制限する。

というのは、「現実的」なわけ?


何が「現実的」で、なにが「現実的でない」のか?

この思考パターンの判断基準が、まったくわからない。


しかもこんなことは、当の昔に解っていたことで。

わかっていて、「安全だ」「経済的だ」「事故ってもコントロールできてる」「だから輸出するんだ」って、言いふらしていたわけで。

だから、今回の原子力委員会の処分方針は、その尻拭いをさせられただけなのはわかるけど。


それにしても、負けると解っていて、戦争にのりだした日本の政治家や官僚の体質は、今も少しも変わってないし。
そうした政治にノコノコ付いていく国民も、全然反省してないってことなんだ。


皇紀で数えてもまだ2676年なのに、神国日本は10万年後まで存続して、処分場を、国が「立ち入りや掘削がされないように対策を取る」ことが、「現実的に出来る」と、このヒトたちは考えているわけだ。


首相の安倍クンが、「世界一安全」と豪語してトップセールスしている日本の原発は、オカルト幻想の上に成り立っているってことだよな。

セールストークで、きっと「ゴミは、実費で引き取りますから」ぐらい、いってるのだろうな。

どうせ「国が10万年単位で責任取るから」といえば、日本の「我が国民」は納得すると、思っているんだろう。

だったら原子力規制委員会には、「国が10万年存続する」根拠と、10万年間「立ち入りや掘削がされないように対策が取れる」システムが構築できることが可能と考える根拠を、国民に説明する義務があるよね。

現実に、すでに破綻している原発を、こんな「10万年国が管理するから」との根拠もなにもないウソで、なおも原発を存続させて、さらに核廃棄物をふやそうとしている神経は、詐欺以上の、「未来への犯罪」でしょう。

だれも想像すらできない、「10万年間の国の存続」と「処分場管理の継続」って、子どもの作文で書いても、先生に「バカ」っていわれるよね。
それとも、政府からは、「良く出来ました賞」のハナマルをもらえるのかな?

嘘でも、書いておけば、国民はバカだから、通用するはずと、原子力規制委員会は、思っているんだろうなあ。

原子力規制委員会は、電力会社から、いくらもらって、「電力会社の管理責任期間」を、「10万年」から、「300~400年」に縮めたんだろう。

そう書かないと「殺す」と脅かされてないなら、買収されたとしか、考えようがない文言だよなあ。

それとも、現実見当識が失われた認知症老人だけで、委員会は構成されているのかしら?

普通に考えても、自分達でも信じてない「保証」で、国民に「安全安心」を約束する委員会って、犯罪者集団でしょ。

フクイチの凍結作戦も破綻しているのに、またまた幻想を根拠に、安全を安心をばら撒いている。

そうするしかないことが、原発事業が破綻している証拠なんだけど。
彼等にはその現実が、見えてないらしい。

見えてないということは、恐ろしいことで。
フクイチの負担だって、広く薄くして、国民に押し付ける仕組みができているから、一見、成り立っているだけのことで。

原子力委員会というのは、自分でも信じていないウソで、どうやって話の辻褄を合わせるか?ってことだけが、仕事なんだろうな。

仕事とはいえ、自分達で、イヤにならないのかしら?

「未来の日本人」は、まだ言葉を発しないから、ツケをまわしても、すぐには文句いわないしな。

やりたい放題なんだ。


こう見てくると、経団連を喜ばせるために、その手先きになって、国民を戦争に巻き込むくらいは、日本という国は、簡単にできてしまうんだね。

理屈なんか、見え見えのウソでも、平気で通用しちゃう国なんだもの。

で、これが、日本会議が信奉する「国体」の正体なんだ。

甘利某みたいに、うまい汁吸う立場にたったら、政治家は、日本会議に参加して、「美学」を語りたくなるわけだわ。

天皇の生前退位についてのお言葉について、天皇の個人的感慨は感慨として。
「国体論」から、反対するヒトたちがいるらしいが。

庶民感覚の真面目な爺さんは、早く引退したくなるのは、わかる気がする。



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イイネ!(1) となっ! .


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絵師
絵師2016年09月05日 10:07 削除核ゴミ問題は、日本だけの問題ではなくて、地中埋立はアメリカでは歴史的にやってるし、フィンランドのオンカロでは、「10万年先」を見通しての処分場トンネルが、すでに建設がはじまっているので、原子力規制委員会がこの数字を出してきたのは、「外国に例があるから」で、「専門家」にとっては「常識」で、違和感がないのかもしれない。
将来、研究が進んで「核ゴミの無害化」が可能になるだろうともいわれているが、そうゆう人たちでも、その「将来」は、「数百年後」なんだとか。


しかもかつてドラム缶で深海に捨てたのは論外としても、現段階でも、外国の地中埋立処理では、管理に問題が出ているところもあるし、もともと地層が安定してない日本で、最終処分場を選び出すことは、難しいでしょうし。
選んだら選んだで、住民の反対は目にみえているし。

で、上限「10万年」としてのバラ色の未来像を描いて、ネトウヨ諸君に未来永劫、その子子孫孫にも管理業務をお願するとしても、フクイチでも証明されたように、原発問題は要は「今ここにある人災」なわけで。

将来、由来をわすれて、「放射能を恐るべきタタリ神」と崇めて、国民全体がひたすら処分場に奉仕する全体主義の宗教国家が、世界中に生まれるかも知れない。






最近ネットで流行った言葉である編集する2016年09月01日02:51全体に公開 みんなの日記 46 view.

「人の最期」に携わる人々が語る「不謹慎な」裏話
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=140&from=diary&id=4169234
「不謹慎」という概念が、改めて面白いと思った。

で、上手に商売に活用しているところは、なかなかの商売人ですが(笑)

この「不謹慎」という言葉は、価値判断がからむので、案外に厄介で、扱いにくい言葉で。
思い返してみると、71年間生きてきて、酔っていたり、無意識には出たことがあるかもですが、ワタシは意識しては、一度も使ったことのない言葉です。


うちの親父は、93歳と11か月で亡くなった、田舎の百万都市では、ちょっと名の知れた芸術家だったが。

あのクラスになると、晩年の生活そのものが、奇怪な周囲の思い込みというか誤解というか迷信で飾られてしまって。
もともとワタシとは違って優等生タイプで、見栄張りもあって、自分の意に反して、周囲の期待に応えようとする姿は、気の毒におもえることもあった。

ところが実際彼自身が不謹慎な男で、根は老いさらばえていく老人の不安反応なのだが、自分がチヤホヤされたい依存症があったために、親父がいろいろグチる話を、自分に都合よく受けとめた女弟子が、仲間の支持もとりつけて、彼を糟糠の妻から引き離しで、女弟子の家の庭に親父のアトリエを作って、親父を拉致する計画が立ちあがっていた。

なまじ死ぬ直前まで現役で大きな仕事を続けていた老人だったので起きた状況なわけで、夫婦の危険を察知して、単身赴任で、親元にワタシが帰ったときは、女弟子の「親切で、師匠思いの献身的感動の晩年看取り介護」という美談に、すでに街中が納得していて。


突然舞い戻ったワタシは、まったくの余計者で、100万都市の市役所からも、著作権継承者とは認められず、面とむかって「代理人がいるのに、貴方と話す必要はない」とまで、いわれた(笑)

街を歩くと、ろくに顔も覚えてないヒトたちからも、挨拶代わりに出る言葉は、「まだ東京に帰えらないんですか?」というものだった。

自分の芸には固執するくせに、社会的には「だれもの言いなりになる不謹慎な親父」は、コツを覚えると扱いやすいので、どうも街中のヒトたちから、愛されていたらしい(笑)

老人夫婦2人だけだと、日常のつまらないブツカリあいも、共にボケがはいっているから、どんどんエスカレートしてしまって。
世間の老々介護で殺人がおきるのは、川原での少年たちのイジメ暴行に、似ている気がする。

しかし息子がそばにいれば、エスカレートした乱闘も、息子はどっちに味方するわけでもなく、ただニヤニヤと聞き流しているだけで、毎日のありふれた夫婦の意見の違いに終わるわけで。
ワタシがいるだけで、夫婦の生活は穏やかさをとりもどしたわけだけど。

納まらないのは、ワタシに出入り禁止にされた女弟子で。

いろいろ復権を画策して、そのドサクサの心労で、お袋は急死した。

その1年後に、検査入院のつもりで入った某大学病院で、夏の暑い夜に、規則だからと空調を切られて、急速に体力を消耗して、親父もアッケなく死んだ。

2人とも歳に不足はないが、持って行き方によっては、老衰死までは、あと数年は生きる余力はあったように思えるが、ヒトは生き方の癖が、そのまま死ぬきっかけになるわけで。

お袋は、医者を信用しないで、それで死んだし。
親父は、医者に頼りすぎて、それで死んでる。



とまあ、かいつまんだ話だけでも、ヒトの死は、本人の人生が凝縮されて出てくる現象で。

ヒトの死にまつわるエピソードを、「不謹慎」などと話題にしたり裁断したりしていることは、我が麗しい故郷の善良なヒトたちとおなじよに、赤の他人だから出来ることで。

実際、芸術院会員クラスの芸術家というのはエゴの塊なので、多少世間体が良いヒトでも、、ほとんどが家族、特に子どもとの折り合いが悪く。
現に親父の親友だった芸術院会員は、長女を自殺においこんで、それが引き金になって急逝し。残った子どもたちは、そろって横向いてしまって、今では世間では名前すら聞かなくなっている。


ワタシはと言えば、親父が死んで15年たっても、それこそ「世間の不謹慎さ」との闘いは、未だに続いていて。

実は昨日のこと、親父の追悼イベントをやってくれてる2つの田舎の市役所から、作業する業者と我が家との関係に、特別の「癒着関係があるなら、それを優先するから、教えてくれ」みたいな電話が、それぞれ別に問い合わされて、て驚いた。
もともとワタシは、「どうして、不謹慎な口跡がある、あの業者なんだ?」とおもっていたくらいで。自分達が癒着しておいて、それを他人のセイにするというのが、木端役人の遣り口らしい。

「うちはいろいろあったので、特定の弟子や業者とは、深くはつながるな」というのが、親父の遺言です!と、いってやった。

とはいえ、見方によっては、「不謹慎」という概念も、「大事にする想いゆえの誤解」と思えば、怒る気持ちの勢いも弱くなるが。

漫画評論家みたいな大学教師の若いキュレーターが、親父レベルの問題にかかわってくると、親父の作品そのものを理解していないので、著作者人格権に関わるようなことを、平気な顔をして押し付けてくる。

これこそ不謹慎の極みなのだが、彼等は自分たちがしていることが「不謹慎」とは思っていないので、これまた厄介なことになる。
ひとつひとつ丁寧に説明しても、向こうも立場なのか、信念があるのか、単にガンコなだけなのか、他人の芸術に自分の価値観をおしつけて、なかなか引っ込まない。
最後はワタシは、著作権継承者の権利で、親父の芸を守るしかなくなってしまう。

なんにしても、モノを知らないというのは、いろいろと楽に怒れて、便利なようだ。


このニュースの本は、『葬儀屋と納棺師と特殊清掃員が語る不謹慎な話』とかで。

たまたま仕事でかかわった他人の死だからこそ、家族や当事者の文脈とは違った角度から、見みえてくる話なわけで。

偉い高僧に仕えた小僧が、師匠の高僧を、日常生活から見る見方で、「うちの師匠は、屁もするし、飯の食い方もだらしないから、たいしたことない、きたない老人」とバカにしてしまう古典落語があるが。

ちょっと設定が、あれに似ていると思って、面白かった。


何がいいたいかというと、熊本の地震のエピソードで、ネットで「不謹慎」が話題になっていたけど。

最近の「貧困バッシング」でもそうだけど、ネット社会では、ネトウヨに代表される、自分の狭い世界観だけで、感情反応で世の中を裁断するマンガ的単細胞生物が、最近はやたら増えてるらしい。

この短絡さは、川原で仲間を暴行して、「殺すつもりはなかった」とツブヤイている少年たちと、変わりがないわけで。

今日本をリードしている大臣たちの中でも、そうした資質のヒトが人気を得ているのだから、恐ろしい。


そうした少年たちをとりあげてコメントするモーニンショーのコメンテーターたちの思考回路が、まったく短絡的な感情反応であることに、自分で気づいていない夜郎自大さは、元々、瓦版や自由民権運動時代からの、マスコミの本質でもあるのだけれど。
「大衆文化=民主主義」という誤解のなかで、ますます増長されいくんだろうか?

こうした「不謹慎」などという、曖昧模糊としたことばを、自分の勝手な解釈でふりまわすのはさっぞかし気持ちの良いことなんだろう。
しかしそうしたレベルの低い、ネットに載るか?耳目を集めるか?という情報伝達基準で形成された情報共有幻想共同体の中で短絡に生きていくのが、これが情報社会の「新しい人間像」だとすると、マンガとしてはおもしろいが、実は「近未来社会の不幸」そのものなわけで。

ひょっとすると、新しいタイプのテロリズムとファシズムが生れているのかもしれないと、考えてしまっている。

1905年の日比谷焼打ち事件に代表される、庶民レベルでの戦争への傾斜と、結果としての日米世論の対立構造は、多くの教訓を今に残しているのだけど、最近はあまり話題にもなっていない。


ともかく40歳近い息子の、情報判断能力を聞いていると、大学でなにを学んだんだ?というくらい、中学生なみの処理能力で。
今時の大学や職場は、知識は教えても、人が生きるにあたってのモラルや信頼できる判断基準とかの情報処理は、教える人材が、いなくなっているのだろうか?と、不思議に思ってしまう。

まあ、これとても、痛い思いをして、自分で身につけていくしかないことなんだろうけど。

周囲の大人が、ガキばかりでは、モデルになる大人がいなすぎて。

ワタシは親父と違って、100万都市の世評と常識と、20年近く闘ってきた男なので。
付き合いの長い高校の同窓生の一人などは、伯父が市の教育委員会の幹部とか聴いていたが、自分がガンで亡くなる直前、ワタシを「ケシカラン男」と周囲に触れまわていたが。
子どものころから、臆病な男だったので、グズグズしてたことが原因で早期発見に失敗して、結果、死への怯えに震えたんだろうと、ワタシは取り合わなかった。
どっちにしても、彼に正論があるとしても、彼はだれの利益を代表しているかしらないが、それは彼の正論なわけで。
ワタシの判断基準は、最後まで未熟なままの親父ではあったが、職人仕事は努力した人なので。
その仕事を、公平に長く顕彰されれば、ありがたいだけで。

変わりモノと呼ばれることは、親父と違って怖くないので、これでは老い先き短いワタシなどは、老衰前に、死に急ぎたくなってしまう。


あまり世間では、気づいているヒトがいないが。

ワタシが親父を語るとき、「親父はこうだった」が中心で、「ワタシはこう思う」は、滅多に出てこない。

親子といえども、見えてないこともあるので。
勝手な息子の、解っているつもりでの推測や憶測は、それこそ不謹慎だろう。






絵画や彫刻といった、編集する2016年08月31日03:15全体に公開 みんなの日記 49 view.

「飛騨市始まりすぎてる」とネット騒然 飛騨市図書館の「官能小説朗読ライブ」担当者に開催の意図を聞いた
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=128&from=diary&id=4168465
造形芸術だって、裸体像は、土偶時代から、テーマにあるくらいなので。

官能を取り扱った文学はあるわけで。

目的が、「図書館に足を運んでほしかった」ということらしいが。
文字文化を、朗読芸という官能性で表現することで、より感慨を深める企画でもあるので。

子どもむけの、絵本の読み聞かせの楽しさの、大人版ということかしらね?

公共の図書館を舞台にした、新しい「地方アート」の展開を予感させて、興味深い。

活字離れが進むなかで、多くの図書館でも、色々な企画や活動が努力されているようだけど。

公報の告知板の隅にうずもれて、あまり話題になることもないようです。

その点で、官能小説の朗読に着目したのは、戦略的にも、芸術的にも、慧眼です。


自分の街の図書館に、美声を聞かせる公務員の声優さんがいると思うだけでも、街のヒトは、心が豊かになりそう。

むかし田舎のバスに、まだ女の車掌さんが乗っていたころは、TVも今ほど家庭内にはびこってなくて。
肉声で案内のアナウスをし、老人たちに声をかけてくれる車掌さんは、田舎ではアイドルでした。


この朗読会も、やがて市民の中からも、自分もいろいろ演じたいというヒトも出てくるだろうから。
そうなれば、市民参加型のアート活動が、ひろがっていくことになる。

かつて地域に広がった、素人歌舞伎のような展開になると、村中に芸達者がうまれて、ハコ物建設による形だけの勘違い地方振興ではなくて、本当の意味での地方文化の振興への可能性を期待させる企画です。

言葉のイントネーションに、かすかなナマリの薫りとかが混じっていたら、もう感激モノでしょうね。

やり方によっては、朗読芸というのは、ダンスや楽器とかも、コラボできるわけで。

しかし基本は、特別に有名な声優さんをわざわざ呼ばなくとも、空間と椅子があれば、浴衣がけで、自前で出来てしまうところが、うれしいです。


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イイネ!(3) ゆか 社会の窓 ふく


思いを言語化して、編集する2016年08月28日23:41全体に公開 みんなの日記 32 view.

■「いじめがなければもっと生きていた」中1男子記す
(朝日新聞デジタル - 08月28日 20:16)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=168&from=diary&id=4165030
メモに残すという単純なことが、いかに大切かを、彼は命を懸けて教えてくれた。

職場でのパワハラとかでも、同じことで。


彼が残した教訓を、どうか無駄にして欲しくない。


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イイネ!(1) ゆか


71歳の爺になって、編集する2016年08月23日13:25全体に公開 みんなの日記 42 view.

情報というのは、その質もふくめて、いろいろあって編集する2016年08月28日02:04全体に公開 6 view.

■私達が消費する情報の7割はテレビ…「ネットによる情報バクハツ」という幻想
(Business Journal - 08月20日 06:21)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=175&from=diary&id=4151804
単純ではないのだよね。

*「私達が消費する情報の7割はテレビ」
というけど、ワタシにはその実感がないなあ。


最近体験した例だと。

知り合いのお嬢さんが、去年の暮れから、1回1か月間規模で、仕事で3回ほどヨーローッパのいくつかの田舎町に滞在して。
滞在地や小旅行での様子など、本人があまり小まめにメールをよこさないために、ワタシは、グーグルのストリートヴューを使って、彼女が利用した公共施設の内部や、近所の通りの様子や、中にはホテルの部屋の様子まで。
それこそ、手に取るようにとまではいかないけど。
通りでバスを待つ老婆の表情や、ボールを蹴る子どもの姿や、野菜を買った市場や、奇妙な動物園の閑散とした景色や、近所の乗馬教室で門番をする仔犬の愛らしい姿など。

ストリートヴューからは、彼女が回った数か国の、日常の生活の息吹きがうかがえて、楽しかった。

彼女自身の旅行目的が、観光ではなかったので、勢い地味な世界を見ることになって、かえって移民のヒトたちが多くする地域の雰囲気や、新しく開発しているという住宅地の開発のテンポの遅さとか。
ヨーロッパの数十万規模の都市の田舎ッポサというか、国情の違いというか、国民性が垣間見えて、楽しかった。

特にいろいろな、街の雰囲気が、とても興味深かった。
この経験から、その後、紛争地やテロに苦し地域とかも、回ってみると、色々なこがみえてくる。

この記事によると、「情報の70%はTV」とのことだが。


ワタシが見た、祖母に手をつながれながら、広い広場を渡る4,5歳の少女の服装や、家路を急ぐ勤め人の車の流れとか。
こうした日常の生活風景は、マスコミの視線から情報が整理されているTVでは、まずお目にかからない景色なわけで。

もちろん、ストリートヴューの映像と、彼女の滞在時期とは、ズレがあるのだけれど。

知人の女性が帰国後に逢って話てみると、色々な点で納得できる話があるのは、生活環境について、ある意味では、彼女以上にワタシが、土地勘というか、目で理解していたことが、面白かった。


*むかしあるモーニングショーのニュースキャスターの取材を受けて、名乗られたのだけど、失礼ながらワタシは知らない方で、「ワタシをしらないんですか? TVをみないんですか?」と、野蛮人扱いされて、エライ不興を買ってしまったが(苦笑)
大学出たてのころ、TV局への就職を、某国営放送に勤める親類の夜郎自大な言動から判断して、嫌らって以来、ワタシはTV嫌いなわけで(笑)

*最近、別な経験で、3・11被災地の景観について説明する機会があって、それを見ていないヒトのひどい誤解に、驚いたことがある。
ところが、似たような景色を経験しているヒトには、「スゴくリアルで、わかりやすい説明だった」といわれて。

抽象化のレベルが荒い、思い込みの強いヒトのイラダチというのは、こんなものかと、苦笑いしてしまった。

100年前の農村や山間に住んだ日本人の多くは、一生のうちで出会うヒトの数は500人を越えなかったろうといわれているが。
今や、渋谷の交差点では、一目数千人が交差しているとか。

ヒトとの交流の量と質は、単純な比較は出来ないわけで。

ヒトの想像力では、どっちの質が高いかでは、現代が広く深いはず」とは、言いきれないようだ。


確かに広報業界では、ネットを利用したCMの浸透・深化に、話を展開していることは聞いているが。

ここでいっている「情報」というのは、ポケモンgoで使われる地域情報の網の目よりも、さらに荒い「数十万人規模で共有する情報」なんじゃないのかな?

少なくとも、複雑な歴史をもつポーランドの人口数十万人の歴史的には有名な田舎町の河川敷の乗馬教室で、シッポを振りながら客を迎えに出る仔犬の可愛らしさは、取り上げられる世界ではないよな。

*なんか根がTV嫌いなのもので、モノサシが違う噺になって、ゴメンって、感じかな?




■ポケットから大量の石ころが…!「男の子あるある」傑作エピソード10連発
(It Mama - 08月22日 22:01)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=163&from=diary&id=4155445
仕事にかこつけてますが、
実は中味は、今でも大差ないです。

しかも、仕事に精進と称して、ますますヒドクなってる(苦笑)

女房には、毎日「おとぎ話の世界で暮らしているみたい」と、笑われてます。

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  1. 2016/09/17(土) 14:45:12|
  2. 雑感
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カウンタ

プロフィール

元・学園長

Author: 元・学園長


ここを執筆する 元・学園長 ですが、還暦はとうにすぎているのに、最近、江戸 手描き友禅 の修行もはじめました。

ここの絵は、当時小学4年生の男の子が描いてくれた絵です。
下手な写真よりも、はるかに元・学園長の特徴をつかんだ、観察力と表現力なので、今でも大切にしています。

はじめての方は、引越しソバ代わりのおみやげもありますので、下記をご覧ください。
引越しのご挨拶

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