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あかつき 事件簿

学園長の 身辺報告や雑感を 週刊誌風にまとめたものです

0130今週のスクラップブック

NHKの特集で編集する2015年01月29日22:38全体に公開 16 view.

セックスレス特集をみました。

適齢期の若者の中で、3分の一しかパートナーがいなくて、3分の一はもはや恋愛にも関心が無いとか。

男女が出会って、子どもを作って育てていくまで、教科書にはない、ネットでも教えない、数々の煩雑な事柄を乗り越えなくてはいけませんが。
それを「わずらわしい・面倒」とくくってしまっては、子どもは出来るはずもなく。

本能も、意識して育ててなければ、能力は発揮できないわけで。
仲間の能力は優秀な子どもたちや、37歳の独身の息子を見てても、結婚への意欲と意志とは違うってことを痛感します。

で、少子化が進む先進国の中でも、日本は極端に出生率が低くく。

明治維新後の、西欧化の波のひとつである恋愛結婚イデオロギーへの、日本型工夫の「お見合い制度」も、ここにきて崩壊したようで。

若者たちは、欲求はありながら、リアルなコミュニケーション能力の不足から、パートナーを捕まえられず。
捕まえて結婚しても、セックスレスが主流になっているようで。

一方、オナニー用アダルト産業は隆盛になり。
結婚後も「昼顔妻」が、TVドラマになるくらいで。
マスゴミ幼稚園化した日本では、ヴァーチャルな性の自己チュー幻想化だけが、特化しているようです。

戦後の平和日本が目指した青少年の健全育成政策の成果が、セックスレス・少子化社会への突入という、皮肉な結果を呼んだわけで。
早くから人口減少に気づいていたヨーロッパでは、特にイギリスとかでは、セックスセラピー制度が発達し、結婚後のセックスレスに、国をあげて取り組んでます。

手をこまねいて放置してきた日本が、先進国の中でも極端に少子化が進んだのは、当然の結末です。

国家百年の計は、人口動態に基礎があるわけで。
国民がいなくなるのに、国防を議論するバカバカしさは、老人妄想の自己チュー政治です。
集団自衛権よりも、保育所建設やセックスセラピーが、優先でしょ。

*現に今、国内で子育て困難なシングルマザーは(軽い精神疾患者もですが)、ヒトに手厚い制度をもつフランスに、こっそり逃げ込んでます。
世界では、いろいろな難民が、生きる場所を求めてさまよってます。
子育て環境を求めて、大都会を脱出する若いカップルもいますが、日本を脱出するたくましい若い母親も、すでに数年前からいるのです。

常々、対人関係での想像力の貧困が、未来型の不幸を呼ぶとは考えてきましたが。
大人の能天気で身勝手なきれいごとが、国や民族の沈没を招く結果までになったわけです。


しかも少子化要因は複雑で、デンマークだったかの調査では、わずか5年で、男性の精子が3分の一に減っているデータがあり。
その原因は、化学物質なのか?電磁波なのか?原因不明とかで。

もともと数の上でも生命力のとぼしいヒトの精子は、競争力を失えば、人工受精で妊娠しても、劣化は止まらず。
このままでは、民族消滅どころか、種の保存すら、危なくなってきていて。

精子提供産業が盛んになれば、遺伝子プールが浅くなって、生物多様性を脅かすわけで。

人類の進化と文明化が、回復すら危うい「少子化社会」という、思いがけない袋小路にはまりこんでます。

今、養子すら育てたことない幼稚なマザコン首相のもとで「美しい国」を目指す日本は、アメリカのいいなりのまま、相手の顔色(中東情勢)も見えない外交で、これが「少子化社会政治の典型」なのでしょう。


幕末、外国人が一様に驚いた、混浴や春画や結婚前処女率の低さに代表される日本人のおおらかな猥褻さは、50年前の夜這い習慣の終焉とともに消滅し。
*夜這い社会は、最後は女性に主導権があって、相手が見えないまま男が夜這いを仕掛けても、成功など、ありえないのです。
今も夜這い制度に近いものが残るチベットとかの山岳民族でも、彼等に溶け込んで生活した登山家が、TVで似たような体験を話して、周囲の若い無知なバカ・タレント女から、激しく顰蹙をかっているのを、見たことがあります。

西欧化による、キリスト教的禁欲主義の恋愛結婚イデオロギーの袋小路での、「子どもが消えた不幸な天国」で、日本は安楽死するのでしょうな。


70歳をむかえるワタシが、いまさら生殖戦線に参加する機会は、無いでしょうがあっかんべー

先日お会いした88歳の著名な植物生態学者の、旺盛な好奇心と広範囲な活動を語る言動は、スケベさ丸出しであっかんべー

彼は、9千年後の氷河期まで生き延びるために、雑木林を広げる運動を提唱してましたが。
純真さという特性は、子どものスケベさを伴うことを、教えてくれました。

こうしたスケベ爺というのは、ワタシが子どものころには、周囲に苦笑いされながらも、巷には大勢い見かけましたが。
今や10年に一度、いるか?、いないか?ということが、現代の特徴なんでしょうな。




ヒトが、編集する2015年01月24日17:25全体に公開 みんなの日記 22 view.

相互に相手を認識して、交流し共感しあい協働できる範囲は、150人程度の範囲といわれている。

で、農耕社会でのムラの規模も、50戸ぐらいが、目が行き届く限界かもしれない。

それ以上になると、生活共同体はいくつかに分裂して、共通の祖先とかを祭った部族を形成することになるらしい。

で、こうした部族社会になると、普段からの交流に粗密ができるので、たとえば治水や入会地の利用とかをめぐって、各ムラの利害の調整の必要がうまれてくる。
ここに各ムラをまとめるための組織論の抽象化が生れて、その抽象論のレベルの違いが感情にむすびつくと、利害関係もふくめた憎悪が発生しやすいらしい。

人類学のレポートによると、部族社会は、案外に殺人事件が発生しているという。
社会的認識レベルでの他者との距離感が、部族社会では、抽象化と肉感的感情で一番混沌としやすいようだ。

4、5百人レベルの部族社会(4千年前のストーンサークルを持つ、青森の縄文集落は、5百人規模が2百年定住した遺跡だというが、宗教施設としてのストーンサークルや暦学的知識を持っていた。アメリカのネイティブ住民は、数千人単位の社会を形成したらしい)が、部族内の不安定な治安を維持し、より高度な集約農業の成果(より高度に組織化された文明)を得るためには、いくつかの部族がまとまって、小さな国家社会をつくる必要がある。

機械文明以前の社会では、肉体労働の価値が高いので、「奴隷獲得」が国の文明を支えていて、国家の繁栄は奴隷獲得戦争が、国家編成の柱になることが多い。
*近世にはいっても、奴隷制度は残っていて、1530~1780年の250年間で、地中海をはさんで南ヨーロッパからアフリカに売られた白人奴隷は、1,250,000人いたと推測され、アフリカからアフリカに売られた黒人奴隷は、その10倍いたという。

古代でも、こうしたレベルに到達した文明は数多いし、なかには独自に文字の発明にまで到った文明は複数あり、「帝国」となると、もはや当時の「多くの民族宗教を包含した全世界」を、「神のごとく支配」した。
*例えば、キリスト教が世界宗教になりえた条件には、世界を支配したローマ帝国の不安定な下級兵士に、キリスト教が支持されたからという説明がある。

この場合、こうした集団をまとめるためには、日常的な生活習慣をコントロールするモラル以上の、より権威的な宗教や、さらには他宗教を統治する統治論が必要になってくる。


一方、子どもの「他者意識」を、発達心理的にみると、母子同体でいた赤ん坊時代から、快・不快体験を通じて、子どもは「他者」を認識することになるが、
保護を必要とする幼児期までは、子どもにとっての親は、自分への快の源泉として認識される一方、その喪失は世界の崩壊を意味するので、不快は極端に嫌われ、恐れられ、憎悪される。

養育環境によって違いもあるが、8~10歳ごろまで、幼児的快原則で集団化するために、異質な者への警戒蔑視憎悪がエスカレートしやすく、他者との関係は、一心同体(1人称関係)ではないが、1.5人称関係で、感情的にも同化と憎悪が、めまぐるしく揺れ動く。
この混乱を抜けると、「他者」を「自分にとって、快も、不快も与えうる独立した人格」(2人称関係)として、認識できてくる。

DVとか、ヘイトスピーチとかの、憎悪の激化は、この発達論でいえば、1・5人称関係の特徴である。

で、こうした1.5人称関係での社会認識は、恐怖妄想と権威妄想が強いので、絶対的暴力論理が支配的になる。

例えて言えば、絶対神による矛盾した啓示に振り回される旧約聖書の世界は、1.5人称的世界で。
「契約」により、神とつながる新約聖書の世界は2人称的世界になる。


で、先の部族社会での暴力性は、他者との共感協働が肉感的にとらえやすいムラ社会から、1・5人称世界での、半端な社会認識(他者認識)によって抽象化された「社会妄想」を前提に考える必要がある。

一般論として、古代の女系家族は1.5人称的価値観が強く、そこから暴力原理を強めて封建社会、さらに2人称社会を基盤とする近代社会に、人類は歩んできた。
*世界史的にみると、氷河期がおわって、狩猟採集社会から農耕社会、さらには集約農業への発展を支えた技術革新といった社会進化は、地理的条件に規定された自然環境に影響されたようだ。

近代社会を象徴する、「進歩、文明、文化」というテーゼは、そうした2人称的価値観への、ヒトの目覚めともいえる。

近代国家が私闘を禁止し、暴力を一元的に管理することで、ヒトの平和を維持管理する責任を負ったのは、部族社会が案外に暴力的社会であったことによる。


しかしヒトの文明化(平和主義)は、過保護・放置といった育て方によって、いつでも1.5人称世界に先祖帰りする。

近代国家といえども、2つの世界大戦を経験したように、帝国主義的論理のなかで、憎悪を燃やしている。


幸い日本は、70年間の不戦の歴史をもつが。
ヘイトスピーチやホモフォビアといた、ホモソシアル的レイシスト運動や全体主義的暴力的価値観への先祖帰りは、メタンガスのように、いつでも吹き出る可能性を秘めている。

ワタシが、「未来型不幸」と呼ぶのは、企業内でも、国・地方に関係無く、浮かび上がるサビのように、1.5人称人格による「他者への想像力の貧困」からの管理不全が起きて、いろいろな面で国民の人権が阻害されていることなのだが。

そのことは、今目の前のアジア状況を、「第一次世界大戦前夜」と認識する程度の政治的リーダーを、日本国民が支持していることと、無関係と思えない。

イイネ!(1) たらお


この短い記事では、編集する2015年01月19日13:19全体に公開 みんなの日記 42 view.

性的虐待発覚後に自殺か 京都
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=2&from=diary&id=3230881
詳しい状況が解らないので、簡単な判断は、できないけど。

>前施設長は利用者2人の体を触るなどの虐待を数年間継続していた
というのが、気にかかる。

どれほどの施設規模かわからないけど、それほど密室化していたのか?

作業とかを一緒にしていて、普段からの被害者や他の利用者の行動や表情などから、周囲の施設関係者は気づかなかったのか?

発覚のきっかけになったは、「当時の副施設長との相談」というけど。
副施設長は、「チェック目的に入ったヒト」なの?

今まで黙認してて、急に内部告発しているのか?
黙認していたなら、その責任は、前施設長に準じてる。


で、府と市が、「再発防止を指導した」って、何を指導したんだろ?

「2度としないように」って?

元々の事故の原因は、金を出していた国も府も、施設側に「丸投げしてた」ってことなわけで。

「機能しないチェック機能」というのは、「金を出す側の役人の目を通すための、決まり文句の書類」を整えるための「絵に描いた餅」で認可を取って、後は施設管理者の都合通り、適当に運営されいたとことを意味しているわけで。
利用者の人権保護を目的としたコンプライアンスルールの順守のための、施設内でのシステム構築や、まして第3者によるチャックなどは、考えられてもいなかったってことね。

事後処理や「再発防止」も、どこに監督責任があるのかかしらないけど、府か市の役人側が議会に説明できる、「専門家を雇わせました」「防止策をつくるようにと指導しました」って記録が残ればよいだけのことで。
要は事後処理も再発防止策も、書類が残るだけの、またまた「施設側に丸投げ」ってことよね。


現実問題として、監督官庁は、毎日監視にはいけないから、仕方ない部分もあるけど。
税金を遣っている以上、その使用状況の実態チェック(利用者の期待に応える環境整備)には、書類上のつじつま合わせだけでない責任は、納税者にむけて発生するわな。

しかし不祥事発覚に、数年かかっているって、しかも「施設側の職員」を通じてしか、「利用者の苦情は出ない」という環境があったわけで。

新しい施設長は、
>被害者の心のケアの専門家を要請するなどしたい」と話した。
とかいってるけど。
記者の記事のまとめ方が悪いのかもしれないけど、、これって後始末で、再発防止策ではないよな。

で、こうした施設運営のシステム上の間隙というか欠陥が、こうした事故を生んでいるわけで。

そこに反省がない限り、何回でも同じような事故は起こるでしょ。


で、こうした密室化した施設内での事態が表に出ると、ほかの施設で起きているだろう類似の事故は、DV被害者が加害者を「自分が悪い」とかばうように、被疑者側に残る「誘ってしまった」「誘いに乗ってしまった」という痛みを利用して、ますます巧妙に隠蔽されることになるんだろうな。

前にも、某施設であった虐待が表に出たとき、その施設の卒園者は、「あれは虐待ではなくて、遊びだったので。ワタシは故郷を失った」と、加害者たちをかばっていた。
被害者に残る、そうした心の痛みや、一生抜けない価値観の揺らぎこそが、こうした事故では、最大の被害なんだよな。

「魂の殺人」と呼ばれる、大人による子どもへの性的虐待は、いちいち検挙していたら、国家の処理能力をはるかに超えるといわれていているけど。
だから「何もしない」というのは、現にこの事故でも、「前施設長の自殺?」で、後は施設長の首のスゲカエで、監督官庁の責任は、倍賞責任ぐらいで、後はなくなるわけ?

ワタシの体験では、被害者のこうした罪悪感や心のヒダまで入り込める「専門家」というのは、滅多にいない。
中には、こうした事故を、自分の関心や、時には売名に利用した、セカンド・レイプまで、多数、体験している。

で、性的人権侵害には、こうしたSNSなどのカキコミでも散見するような、アメリカでの児童性虐待への大衆ヒステリー的な批難を、加害者や施設や行政にくわえても、被害者の権利が守られるわけでも、今後の対策がうまれるわけではないわけで。

なにより、今回も「前施設長の自殺」という結末は、こうした事故への対策が、施設を認可して費用を出し、管理をまかせた行政側では、まったく「想定外」という状況をしめしているわけで。


要は、性的虐待者に人権侵害のチャンスを与えないためには、施設内での「利用者(働く者ものも含めて)の人権を客観的にも擁護」するシステムの構築が、基本的な再発防止策なわけで。

それが行政にできないなら、すでに京都にもあるはずの、障害者の権利擁護を目的にした市民団体を活用することも、いくらでも考えられるわけで。


かつて日本は、水頭症の福助や仙台四朗のような障害者に、優しく触れる気遣いが、商売道のモラルとして大切にされてきた伝統があるわけで。

「出来ない理由」を揚げる前に、利用者の権利が擁護された施設とシステムの構築が、世界に誇る京都の、新しい誇りになってほしいなあ。

イイネ!(2) アリス 一葉



贈呈式は無事におわりました編集する2015年01月17日17:35全体に公開 15 view.

町中は、めずらしく雪がなくて、雪靴は、祖先の墓にお参りするとき以外、役には立ちませんでした(苦笑)

それでも、藤沢周平の海坂藩のモデルになった地方都市は、善くも悪くも、時間が止まっていました。

うちの曾祖父の長男(祖母の兄)が、あの物語群の元ネタ提供者の一人であることも、記念館に飾られた写真をみて、初めて知りました。
想像していた祖父・祖父母たちの世界が、かなり具体的に見えてきました。
東京の親父の実家は、漱石とご近所で、親父は漱石の家に手紙を届けさせられたとは聞いてましたが。
親父の実家の傍に住んだ曾祖父は、漱石の『坊ちゃんの舞台になった愛媛の同じ高校で、前後して教師をしてたとか。

で、今回の寄贈話で、曾祖父直系の子孫の、今回の受け手側責任者の、純朴の極致の人柄は、先の殿様葬儀の際に、触れて感動していただけに。
ささやかなプレゼントながら、今回、喜んでもらえて、よかったです。
絵を大事にされると、涙して感激する親父でしたので、今回も喜んでくれたでしょう。

それにしても、あんな子どものような純真な老人が生き残れる田舎町こそ、「国の隅を照らす国宝」の歴史的文化遺産でしょう。

殿様の死を、全身で悼み悲しむ家来の喪失感というのは、あの町が数百年変わらぬ世界だから、起こることなのでしょうが。

「忠孝」などという言葉が死語になって、人権だ権利だという現代の都会モノのわれわれには、想像もつかない宇宙です。

一生を捧げた殿様を失った家来の、悲しむ姿に感動したのは、あれが最初で、最後かもしれない。

「忠孝」といっても、忠臣蔵でさえ、ワタシにはやや動機に疑問があるわけで。
時代社会の価値観とは別に、あそこまで「他者に献身できる姿」に感動したわけで。

親父の「自分の絵への献身」ぶりを知っていただけに。

それが田舎社会の原型なのか?
封建社会の原型なのか?
芸術家の原型なのか?
それ以前に、「ヒトとともに生き、ヒトに生かされて生きる、ヒトとしての生き方の原型」なのか?

なんであれ、この一族が、むかしからみなさん長寿なのは、ガンコなくせに飄々とした「ノンストレスのコツ」が、あるような気がします。

一方、現代の価値観の多様化というのは、かえってヒトの感動を、薄めているかもしれません。

絵師
絵師2015年01月17日 19:44 削除祖先の墓に案内してくれたヒトが、間違えて隣の殿様家の墓地に連れていってしまって。
墓地を歩いても、墓からのざわめきがなくて、ガッカリしてたのですが。

墓参りの土地のヒトに聞いたら、「隣だ」といわれて。
まわってみると、やはりかすかではあるのですが、いろいろな声が聞こえてあっかんべー

そこにいるのは大分に遠い祖先で、祖父母でさえ入ってない祖先の墓地ですから。

かなり小さく細い声なのですが。
「あの子は、だれだい?」
とか、
「ワタシは知ってるよ」
とか、
「ほら、あの子だよ」
「ああ、あの子だよ!」
みたいな呟きでした。

墓地に流れる風と、苔と残雪が織り成す錯覚なのでしょうが。

脳細胞に蓄積された記憶のひとこまひとこまが、ニューロン回路の揺らぎと類似関連細胞への脱線でつむぎだすのが、こうした幻想幻覚なわけで。

うちは違いますが、吸血鬼の家系は、ヨーロッパでは最近まで生き延びていたという話は、神経生理学的には説明がつきそうな話です。




だれでも知っている♪雪の降る町を♪は編集する2015年01月14日21:54全体に公開 みんなの日記 10 view.

1951年のNHKライジオドラマで、放送前日に、時間の梅草に急遽作られた歌で。

だから人気がでたので、二番以降が追加されたんだと(苦笑)

で、その町に、一番雪が深い時期に、出張してきます。




15,16日雪深い山形県鶴岡に出かける用事があって、編集する2015年01月12日11:56全体に公開 みんなの日記 28 view.

これから、雪靴を買いに出かけます。

東京で売っている雪靴は、機能的にはあてにならないことは知っているのですが。
山に登るわけではないので、何とか間に合うでしょう。


実は鶴岡の博物館で、親父の母方の祖父の遺墨展があって。
この方は、幕末から明治にかけて生きた方で、考古学にも没頭した方ですが。
日本の油絵の先駆者・高橋由一に絵を習ってもいて、彼の絵の一部は、『土偶及土器模写図』(明治22年・慶応義塾図書館蔵)が残っています。
で、2年前にそれを見たとき、その優しいながら豪快な筆遣いや息遣いが、親父のそれとそっくりで、息を呑んだおぼえがあって。

その精神と技法が、娘を通じてその孫(ワタシの親父)に伝わっていたことを示す絵画資料を、鶴岡の博物館に寄贈することにしたんです。

今年は、NHKで、ネトウヨ的幕末ブームが起きるようで。
幕末から明治にかけての、賊軍側からの「埋もれた文化史」にも光をあてたいと考えた次第です。

国は「地方創生」とかいってますが、郷土教育を一番やっていないのが、学校で。

こうしたローカルな文化史ネタの発掘には、地方新聞も含めた地方マスゴミが、それなりに動いてくれてますが、もっともっと掘り起こしをすべきでしょうね。

この曾祖父は、晩年は東京の娘の家(親父の実家)のすぐそばに住み、教え子に呼ばれて出かけた岐阜で客死するのですが。
旅先の宿で彼が死んだ時刻に、東京の娘のところにちゃんと姿を見せて、孫たちや娘に周囲を探させるという、例によって、我が家では定番の幽霊話まで残っていて。

伝説になっている教え子による50年続いたという法要とか、幕末から明治にかけての日本の庶民や田舎知識人が、どんな心情模様で日々を生きていたのかのエピソードも、いろいろ残っているヒトです。

ともかく、顔も知らない曾祖父の遺墨を見ながら、100年前の世界にタイムスリップしに、出かけてきます。

親父の絵はこれで、山は月山です。

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イイネ!(2) となっ! ハチコ


今日たまたま編集する2015年01月11日01:42全体に公開 みんなの日記 23 view.

横浜国大でひらかれた、生態学者・宮脇昭氏の講演を聞く機会があった。

もうすぐ87歳を迎えるとは思えないお元気さで、持論である「混植・密植型植樹」の哲学を説いておられた。

その根拠は、全国を巡って調べ上げた自然植生の調査にあって。

宮脇氏は、
「日本の常緑広葉樹を主とする照葉樹林帯では土地本来の森は0.06%しか残っていない。
ほとんど人間が手を入れて二次林や人工的で単一樹種の画一樹林にしてしまった。
これが台風や地震、洪水などの際の自然災害の揺り戻し(2次災害)が起こる諸悪の根源である。
その土地本来の潜在植生は、「鎮守の森」を調べればわかる。
大抵、シイ、タブノキ、カシ類の木々が茂っているはずだ。」
と言う。

3・11で被災したのワタシでも、みずから「世界に誇る」と自称する「宮脇方式」の、ガレキを土台に埋めた森造りを指導いただいたので、そのお礼もふくめてアイサツしておいた。


なんであれ、「次の氷河期がくるまでの9千年を生き延びるために」、「植樹した後、余計な手を入れなければ200年で元に戻る森」という、たかが100年も生きていない人間にとって、夢のある話でもあった。


何よりも心が動いたのは、宮脇氏が設計した横浜国大の雑木林の、一息で心が落ち着く、冬の甘い香りだった。


宮脇氏によれば、「土地本来の森は0.06%しか残っていない」とか。

鎮守の森に残る、「むかしながらの森」の落ち着きを、一瞬でも体験出来たことが、今日の収穫だった。

どこぞのチンピラ・ネトウヨ政治家がいう「うつくしい国」には、この高雅な香りが欠けている。

むかしは仙台平野には、「居久根(いぐね)」と呼ばれた樹木群をもつ家があった。

http://www.nhk.or.jp/tsubo/program/file194.html

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ヒトと自然が、呼吸を合わせて生きる環境だった。



で、宮脇氏の話を聞きながら心に浮かんだことは、世界4大文明の発祥地が、現代ではほとんど砂漠化していることだ。
どうやらこれは、文明による植生破壊の結果だったようだ。

「天が落ちてくる」と心配した杞憂という男は、中国の殷のあとの周(BC1046~BC256)時代に生きたヒトだが。
すでに進んでいた環境破壊が、杞憂の神経症をかき乱していたかもしれない。

少なくとも、周の都市国家群を脅かした、「夷」と呼ばれた非定住型の周辺狩猟民族の侵略には、砂漠化が進行した牧草地の荒廃が背景にあったようだ。

東南アジアや、ポリネシア諸島での、南部中国から流出した農耕民族ともともとの採集・狩猟民族との棲み分けは、相互侵略戦争に明け暮れるときもあったが、多くが「棲み分けして、混合するにしても、棲み分けするにしても、長い年月をかけていいる。


で、宮脇氏の「9千年先を見越して植樹する構想」は、200年を待たずして、現代人の神経を生き返らせるかもしれない。

宮脇氏は、「畑の雑草は、抜けばまた生えてくるから、抜かずに放置すれば、結局雑草はなくなる」と、生態系を利用した除草を説く。


若い(といっても、宮脇氏の年齢と比較してだが)女性と握手が好きなあの元気さは、「杜の賜物」かもしれない。



毒物を使わない方法もあって、編集する2015年01月07日00:39全体に公開 みんなの日記 63 view.

変死体の薬毒物検査 実施率は
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=2&from=diary&id=3213936
ある旧家の奥さまは、寝たきりになった自宅で、嫁に垂れ流す汚物が「汚い」といわれて、餓死した例を3件知ってますが、家族が一流企業の重役だったためなのか、なぜか医師は死亡診断書を出しています。
死因が証明できれば、そこに至る経緯は、そばにいるものでないと、わからないですから。

で、西日の当たる狭い部屋で、嫁に「本人が『食べない・呑まない』といっているのだからと、なにもするな」といわれて、旦那も息子もその嫁も、何も手を出さないまま。

それでも10日は、生きていたそうです。


ワタシは東京の都心の、ちょっと古住宅地に棲んでいますが。
民生員の話では、去年は老人の孤独死が「多かった」とか。

近所に独立した息子が、週に1回様子を見に来て、その息子に「認知症が進んでいる」といっても、医者に診せるどころか、介護支援も受けさせなかったとか。

別のご近所のバス通りに面した古い家では、一人暮らしの老婆が風呂で死んだあと、その古い家屋を利用して、アンティーク雑貨の店が入り、コーヒーなども出して、老婆が亡くなった古い木の風呂桶が、看板代わりに店先においてあります。

知らないヒトには、お洒落な雰囲気に映るらしく、こぎれいな若いお嬢さんたちがコーヒーなどを呑んでますが、亡くなった老女と面識のないワタシでも、さすがには店に入る勇気はありませんが、いろなものを飲み込んで、どんどん過去を忘れていくのが、都会の経済活動なんでしょうね。


で、毒物を使う場合は、よほどほかに手段が無い場合なんでしょう。

認知症や寝たきりになった場合は、密室化した家庭内では、最後まで看取ってもらえる老人は、幸運な方じゃないかな。

上に書いた例は極端な例で、それぞれ外部からは見えない家族の事情もあるでしょうが。

ただ都会の都心部では、孤独死ぐらいは覚悟しておかないと、老人には平穏な死に場所では、なくなりつつあるかもしれません。

ワタシも今年は70歳を迎えます。

分不相応なことに巻き込まれて、貧困化だけは進んで、自分が死ぬ準備など、何も考えていません。

せめて息子の負担ぐらい、軽くしてやりたいと願っていますが、そんな奇策があるのかどうか?

貧困化の波は、若者層だけでなく、老人層にも及んでいます。

「プア充」で死ぬか?
売るものもない、「最貧困老人」で死ぬか?

地獄の沙汰も、金次第ってやつですな。


*ニュースにつられて、新年早々、展望の無い、暗い噺しになってゴメンですm(__)m


「老人性ウツ」もあり得るので、不用意に若者は、老人に近づいてはいけません(笑)






箱根からおりて編集する2015年01月04日09:56全体に公開 10 view.

今朝は、義弟夫婦も合流して、西太后の都内神社めぐりのお供。

これで、女帝帝国の正月の儀式は、一応終了あっかんべー


絵師
絵師2015年01月05日 10:30 削除義弟夫婦の車で、都内の神社仏閣をめぐりましたが、案の定、西太后は、山嵐ジレンマ。

途中で、自分だけ電車で自宅に直帰。

流石みなさん慣れたもので、なにごともなく、平然と参詣行脚を続行(笑)



これから6F西太后のお供で、編集する2015年01月02日10:39全体に公開 みんなの日記 19 view.

恒例の箱根。


うちの息子も一緒だけど、はやくも大騒ぎ。


母親をマスオさんに任せて、義弟は雲隠れ。

番頭や使用人変わりの娘婿たちを、とっかえひっかえして、湯治のお供をさせるのは、女房の祖母の代からの伝統で。

むかしの街の商売屋の、伝統的な女将の遊びが、女房の家には残っている。

絵師
絵師2015年01月03日 21:56 削除2日3日と、箱根は、泊まった宿の客の行動をみていると、約半分が、駅伝関係者か応援客でした。

で、ふもとの湯本は、そうした客でごったがえ。

大勢の客を前に、店を開いているセンスは、つくづく「まとも」だと思います。

なぜそう思うかというと、去年11月末に、ワタシの田舎間街で、「新しい観光拠点」を目指してオープンした美術館は、その町で年間を通じて一番に客が訪れる元旦に、しっかり年末年始休暇を取っていました。

田舎の習慣で、2日から初売りを始める周囲の商店会長に、ワタシが謝る理由はないのですが。
秋の市長選には、現市長の再選に、カゲリがでないと良いけど。



ワタシにとっては、めでたくもあり編集する2015年01月01日12:44全体に公開 みんなの日記 15 view.

めでたくもなしの、今年70歳をむかえる絶滅危惧種のワタシですが(苦笑)

ヒネたことばかりいってないで、お仲間内のご多幸だけは、身勝手にお祈りして。

あけおめ、ことよろですm(__)m

イイネ!(1) アリス .


アリス
アリス2015年01月01日 14:15 削除明けましておめでとうございます。

最近は時間的な余裕がなくて、
日記もつぶやきも
マイミクさんへのコメントもあまり出来ませんでした。

今年はMIXIにももう少し顔を出せたらと思っていますわーい(嬉しい顔)

絵師さん、今年もよろしくお願い致します乙女座
コメント




絵師
絵師2015年01月02日 00:00 削除> アリスさん ごていねいに、こちらこそ、よろしくですm(__)m



こうしたケースで、編集する2014年12月31日10:05全体に公開 みんなの日記 126 view.

■80歳母は溺死、娘は凍死 大阪・生野の住宅遺体
(朝日新聞デジタル - 12月31日 00:44)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=168&from=diary&id=3207837
母親が力尽きたときおきた悲劇なんでしょうな。
周囲が気遣っても、母は健気に娘を一人で守り続けようとしてたかも。

うちの近所でも、障害があった娘を道連れに、老齢にかかった父親が、母親が旅行中に、入水心中したことがあった。

静かで穏やかな人柄の人望のある父親だったけど、同情や感傷を拒むモノを彼が秘めてたことに、障害児の遊びボランティアしていたワタシも気づかなかった。


ワタシは、東京の渋谷近くの、ちょっと古びた住宅地に棲んでいるのだが。

噺は角度が変わるけど、今年は町内での老人の孤独死が相当あったと、近所の民生員のおばさんから聞いた。

近所に住む娘たちは、長男とかに責任をおしつけて、その長男も週に一度程度訪れるだけとかで。
かなり認知症が進んでいるといってやっても、面倒がってか、長男も娘たちもなかなか認めないとかで。

最後は、苦悶の表情も生々しく、老人が孤独死していて。
当然ながら、司法 解剖がはいったとか。
事後、長男は、菓子折りを持って「お世話になりました」と、民生委員のところに、ニコニコやってきたとか。
そうゆう常識があるんなら、菓子折りの前に、もっともっとすることが、たくさんあったんでないのか?
親の廃棄処理を、菓子折りで済ませる神経が、ワタシにはわからん。
愛憎が、浅いのかな?

これって、「未必の故殺」というか、「不作為による傷害殺人」にならないのかな?
「認知症の老婆が一人死んでも、だれも困らないから、事件にはならない」?

聞けば、子どもたちは、それぞれ全うで健全な、いっぱしの生活をおくっているそうで。

そうした都心の一軒家に取り残されて孤独死する老人たちは、どんな子育てをしたのか知らないけど。
子どもたちは出世して、近所にそれぞれ独立したんでしょうから、「銃後の母」の「覚悟の自決」なのかしら?

そんな老いた親の、日々の様子すら見えない子どもたちは、それも一軒や二軒じゃなくて、近隣で何軒もあったと聞くと、何が因果でと、心が凍えてくる。

世間が関心があるアベノミック風に言えば、地価が下がってマイナスになるんでないかな?


ワタシも来年は70歳。
どうせヒトは死ぬんだから、どう死んでも構わないのだけど。

面白いもんで、とっくに亡くなった親父もお袋も、彼等の性格、生き様を凝縮した形で、お袋は「医者の言うことを、聞かず」、親父は「医者の言うことを、守りすぎて」、死んでいっている(笑)
周囲の呑み仲間も、それぞれ思うままに、酒で死んでいる。

ヒトは、死に方まで、かたくなに生活習慣病を貫くらしい。

だから、その柔軟さがないと、いろいろなことがおきる。

子どもが選べないなら、高倉健さんみたいに、オコゲでも腐女子でも、気心が知れただれかと、気楽な付き合いを広げておくことも、老人としては死に装束なのかも。


それにしても、近くに住む親を孤独死させる大都会の子どもたちの薄情さというか、無関心さというのは、変態よりタチが悪るくねえか?

しかも民生員から聞いた、そうした町内の老人孤独死の数は、町内に出る痴漢や下着泥棒よりも、桁違いに多い。
.

国は少子化対策に力を入れるとかだけど、それ以前に、今生きてるヒトを孤立させない工夫が、先じゃないかな?


ワタシは今年も、嫁の母親や義弟夫婦や姪たちと、ワイワイ口論しながら、例年通りの歳の瀬をむかえたけど。

この煩わしさこそが、最新鋭の武器も買えない庶民には、集団自衛権なんだよね。

今年後半、若いキュレーターと称する芸術プロデューサーたちと付き合っているけど、ヒトとの付き合いの基本がわかっていない。
で、自分たちだけの、幼稚な体験と知識だけで、固まろうとしたがる。
排除の論理が先行するから、基本的マナーの段階で、信用を失なうことを、平気でしてしまう。
だから、結果ヒトも集まらない。


ヘイトスピートと力に頼りたがる短絡ネトウヨは、そう育てた親が悪いな。


来年は、いろいろかたくなヘイトスピーチの研究の年になりそうだな(笑)

(イイネ) うえウエシマ@脱原発 コバルト・アワー
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  1. 2015/01/30(金) 17:21:57|
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元・学園長

Author: 元・学園長


ここを執筆する 元・学園長 ですが、還暦はとうにすぎているのに、最近、江戸 手描き友禅 の修行もはじめました。

ここの絵は、当時小学4年生の男の子が描いてくれた絵です。
下手な写真よりも、はるかに元・学園長の特徴をつかんだ、観察力と表現力なので、今でも大切にしています。

はじめての方は、引越しソバ代わりのおみやげもありますので、下記をご覧ください。
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