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あかつき 事件簿

学園長の 身辺報告や雑感を 週刊誌風にまとめたものです

0329今週のスクラップブック

*週刊サイクルでのUP習慣がくずれて、途切れ途切れ体制になりましたが。
生きてます。




危機管理なんだろうなあ編集する 2012年03月29日01:24
「"間違いを伝えることでパニックになること"を恐れた」 内閣審議官・下村健一<インタビュー「3.11」第11回>
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=1946839&media_id=131
管理危機なのか?

>僕は阪神大震災では発生初日からヘリに乗ってリポートしましたし、伊豆大島の大噴火でも雲仙普賢岳でも経験がありましたから、「大災害の現場で空から何に着目すべきかは、きっとアドバイスできます」と答えたんです。すると菅さんは「分かった」と。

レポーターが、危機管理?
次元が、違うでしょ。

*まあ、市民運動上がりの首相では、その程度のセンスだったろうけど。

>僕の声は、菅さんに全く聞こえない状態でした。それで、仕方なく身振り手振りでアドバイスしました。「あそこで火の手が上がっている」とか、「あの校庭にSOSの文字がある」とかを。とても歯がゆかったですが、それをやるか、やらないかだけでも認識はかなり変わってきます。ニュースのヘリ中継も、リポーターの着眼力によって、情報量は相当変わりますから。

――ヘリコプターから見た被災地はどういう光景だったのでしょうか?

そういう光景が、途方もなく長く、飛んでも飛んでも延々と続きました。この点が、阪神大震災の時との決定的な違いです。想像を絶する世界でした。

*仙台平野を飲み込む初期の津波映像から、こうした事態が想像できないっていうのが、よくわからない。

>菅さんがずっと官邸にいて、切り取られたテレビ映像を見ているだけだったら、あのスケール感は分からなかった。報告を聞いて地図を見て頭で捉えるのと、肉眼で「災害の大きさ」と「その中にいる人間の小ささ」を同時に目撃するのとでは、絶望感に揺さぶられる度合いが全く異なります。

 前者のような観念的な認識の仕方では、自衛隊10万人出動という常識破りの決断には、あんなに速やかには踏み切れなかったのでは、とも思います。阪神大震災の時ほど遅れはしなくとも、"常識的"な小幅な増員を繰り返し、その間に、孤立した人々が飢えと厳寒の中でもっと生命を落としていたかも知れません。

 現地を空から見たからこそ得られた、「自衛隊を出せる限り出さなければ太刀打ちできない」という強烈な実感。国防という本来業務との間でギリギリの調整を重ねて、この日の内に「2万人→5万人→10万人」と急速に増員を決断できた結果、実に1万9千人の命を助けることが出来ました。本当に、現地を見に行って良かった。

 だから、「大将は行くべきじゃなかった」と言う主張を聞くと、僕は「寝ボケるな」と言いたくなってしまう。「戦国時代の武将は本陣にデーンと構えて、ひょこひょこと出ることはなかった」という意見もありますが、もし戦国時代にヘリがあったら、絶対に大将は乗って、まず一度全体を俯瞰したと思う。だから、あのヘリ視察を批判する方々は、あの災害の"本当のスケール"とか、現地から官邸への通常の情報ルートが如何に破壊されていたかということの"本当の意味"が、未だに身体感覚としてお分かりいただけていないんだろうな、と思います。

*この彼の現場主義のジャーナリストとしての観点には、首相の行動については、彼とは違う見方もできるけど、彼はそれを受付けないみたい。
こうゆう場合、それほど「身体感覚」って、大事なの?
それほど大事なら、ヘリ降りて、津波に巻き込まれたかった?

> もしもこの下村証言が、「当時首相を支えていた体制はどうだったのか」を問うような章にあれば、「国としてどうなのかとゾッとした」の意味は、僕の本意通りに読んでくれる人が大半だったと思います。
>総理が視察に行く際、ほぼ必ず随行する最小限のメンバーが普段から決まっているのですが、そこに斑目春樹原子力安全委員長の名前が加わっていました。

*要するに、首相の周りには危機管理のシステムが、出来てなかったてことだよね。
それが、彼本人のいう「国としてどうなのかとゾッとした」との言葉になっているわけだね。
ただ、彼は、ジャーナリストではあっても、危機管理の専門家ではないわけで。
まさに、
>専門家達が機能できなかった構造にまで解明
が、大事だよね。
*日本には、危機管理の専門家って、いないのかな?

>会議があったら、事務方の誰かが議事録を担当しており、メモ用に非公式にICレコーダーも回しているであろうというのは、いわば常識の範疇なので。それが空白になっていたというのは、本当にお恥ずかしい話です。

*パニックになっていたのはわかるけど。
やはり管理危機だな。

責任感も、街の町内会レベルってことね。
彼もまた「校庭のSOS」を見つけるより、内閣の記録を、自分たちの行動を逐一記録・録音する方が、大事でないかなあ。


>それどころか、本日只今をもってしても、まだ炉心を見た人はいないわけですから、その意味ではまだ"本当の事"は誰にも分かっていませんよね。

*このたとえは、おかしいでしょ。
"本当の事"って、そんな風にしか、捉えられないの?
これって、現場主義ハレルヤのカワラバン記者の、小学生のような理屈だよね。
菅首相の頭脳というか、政治的センスというのは、こうゆうヘ理屈にシンクロするわけね。


*このヒトの感覚は、ジャーナリストの感覚で、危機管理の責任がある政治家のものではないな。

*だから、

>、「本当の事を伝えてパニックになること」ではなくて、「間違った事を伝えてパニックになること」だったんです。それは決して、やってはいけないことですから。僕は広報担当者として、また最近までジャーナリズムの世界の端くれにいた人間として、徹底的に「これは間違ってはいないか」という疑問をもって、1つ1つの情報を確認しようとしていました。

ということになるんだね。

>、「現在の危険性につき、学説は大体ここからここまであって、政府はその中のここに政策決定の線を引きます。国民の皆さん、あとは自分で判断してください」と言えるかどうか。

*正しさにこだわるわけね。
*気象庁の津波の高さ予測を信じて、堤防の水門を閉めに行った消防団や、海岸の防災センターに残ったヒトたちが亡くなったことは、彼は知らないわけ?

*【字幕版】大津波予測を伝えることが出来なかった政府組織 (YouTube)
rtsp://v1.cache5.c.youtube.com/CjYLENy73wIaL

*政府広報の内閣審議官のくせに、政府内での情報すら、1年たってもまだ把握していないの?

>「1万9千人助けた」
というけど、死ななくても良かったヒトも、津波で死んでいるんだけど。


*「国家の危機管理体制」を構築する上で、彼の話は大変参考になりますが、国家の危機管理が広報室の論理で進められることって、それこそ「ゾッとする」管理危機でないか?

> 「原発安全神話」っていうのは、周辺住民の反対を抑えるための方便として使っていたんじゃなくて、この人たち自身が信じ切っていたんだということが、あの時の機能停止ぶりで本当によく分かりました。

*内閣の管理危機も、今回の事態が、記録を残すことすら忘れるほど、まったく想定外っだたことを示しているわけで。
「ゾッと」しますね。

*「太平の眠りを覚ます蒸気船」で、体制に変化が、おきるんだろうか?
この1年の、遅々として進まない復興の動きをみていると、まだまだ眠っている感じがする。
*管理危機は、続いているわけよね。






6月の公募展用の作品は編集する 2012年03月27日18:36

お化粧して、額装のため、本日、屏風屋に出しました。

入選・落選もふくめて、後は他人任せです(笑)

だからもうワタシの頭は、秋の公募展用の作品の構想に、むかってます。

帰り、屏風屋にさそわれて、墨田区役所の2Fでやっている、「すみだ職人展」をのぞきました。
http://kougetsu.exblog.jp/

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べっ甲工芸から、足袋仕立て、市松人形、江戸指物、江戸小紋、木目込み人形、表具箪笥、かんざしと、精巧な職人芸に、そこに映る、ゆったりとした時間の流れに、目を奪われましたが。

なかでも、うちの師匠と同じ名誉都民の押絵羽子板の西山鴻月氏の下絵原画の、のびやかな線には驚きました。
羽子板になると、下半分は、羽子板に巻き込まれてしまうのですが、下半身があって、あの華やかな役者顔になるわけで。

あの伸びやかな線は、世界的水準と、お見受けしました。
91歳の先生が、退屈まぎれにのぞいているスケッチを、横からかい間見ただけなんですが。
つややかな役者の全身像に、衣装を着けて、羽子板に仕立てる工夫なのか、いくつか補助線が描きこんであって。
素描ですから、役者絵の浅草っぽい華やぎはなく、機能性重視の的確な役者の線に、その補助線が、シューレアのように絡んで、見事な抽象性を発揮していて。
言うまでもなく補助線は、羽子板制作上の、意味のある線なわけで。
だから、ワタシには意味が見えませんが、本来の機能美は、十分に持っていて。
あたかも、ロゼッタ石かインカの遺跡に刻印された文字のように、形だけで、存在を伝えてくる点で、圧倒的な造形になっているわけで。
自然の造形と同じで、機能美は、その存在感と抽象性では、ヤワな芸術家が、意味なくこねまわすたわごとの造形など、足元にも及ばないわけです。


これは、ちょうどワタシが今めざしている、具象と抽象のはざま、そのもので。
ワタシは、自分に抽象力がないから、自然の造形から盗作して、自分の作品のパワーにしていますが。
あのスケッチ1枚に、ワタシは、今までとは違う、古くて、かつ新しい、日本独自ながら、世界に通用する、時空を超えた工芸作品の可能性を、示唆されました。

大きな事故と同じで、偶然というのは、やはりないわけですね。

あれはぜひ、原画展をやってほしいですね。
最近のイラスト描きたちは、ずいぶんと勉強になるはずです。

おそるべき、日本の職人芸です!

伝統芸というのは、名もなき職人の積み上げてきた技の軌跡が、総体として
語りかけてくるところに、迫力があるんですね。



うちの親父も、よく「オレは、職人だから」と、つぶやいていましたが。
重みと軽み、硬軟を組み合わせるところに、生命の基調を見つめる日本人独特の美意識は、まだまだ生き延びるでしょうね。


イイネ!(2) mmc、skrk



この裁判官編集する 2012年03月25日19:33
>10歳少女の告訴「幼い」と無効
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=1963567&media_id=4
「魂の殺人」の共犯者。

恐怖症や依存症になって苦しんで見せないと、「証明」にならないといいわけね?
それすら、「みんながそうなるわけではないから、因果関係の証明にならない」とかいって、「証拠不十分」になるのかな?

このズレというのは、裁判官自身の想像力と判断力の欠如に由来するだろうけど。
このヒトもまた、劣悪な養育環境からの、「魂の殺人」の犠牲者かもしれないなあ。

こうした感受性の欠如って、繰り返し、再生産されるんだよね。

この裁判官は、「自分の養育者を告発」するだけの能力を、自分自身が持っていない可能性がある。


自分の魂が、恐怖で凍えていると、勇気ある告発には、本能的に嫉妬して、拒絶するんだよね。
こうゆうヒトに限って、「親の恩とか愛とか」「会社や組織への愛や義理」とかっていう権威主義的な紋切り言葉で、自分のなかの怯えを封印してしまう。

時にはそうした紋切り的価値観から、自分の子どもすら殺す場合もある。



裁判官とか、学校の先生とかの採用では、こうした心の歪みを見抜く面接が、採用時には必要になるんだけど。
採用する方が、また歪ずでいるから、悪循環になってしまう。

日常的生活での偏見とかをチェエクすれば、簡単にみえてくるものなのだけど。
それを学歴とか、キャリアとかに目をむけて、歪みには目をつぶってしまうから、おかしなことになってしまう。

高級官僚や教育委員会とか、電力会社とか、奇怪な思考停止業界は、こうして「常識が常識でなくなっていく」。

「恐怖の総和」は、使いもしない核兵器を、開発するだけではない。

イイネ!(1) skrk

@絵師2012年03月26日 01:22
ブラックな会社というのが、マンガてきに取り沙汰されるけど。
フラックな業界ってやつもあるよね。
金の流れの激しい業界なら、いくらでもあるけど。

むしろ一見そうでない業界が、妙な妄想で、凝り固まってる。

代表は、教育委員会と校長たち。

ここを、分析すると、電力会社とか、官僚組織とか、いろいろ見えてくるかもだなあ




「寝た子を起こす運動」が、編集する 2012年03月24日02:03
■「寝た子起こすのか」保安院長、対策強化案に (読売新聞 - 03月17日 10:22)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=1954625&media_id=20
日本中いたる所で、必要になってないかい?

うちの環境保護をうたい文句にしているNPO団体も、政党やマスゴミにコナかけられて、寝ぼけた顔してプッツンしているから、目下、ネジ巻き上げてますけど(苦笑)





昨日未明編集する 2012年03月22日13:59
友禅の染色作業が、終わりました。
後は、表装職人を始めとする、専門職人の手にゆだねるだけです。

公募展は、6月なのですが、応募作品の搬入締め切りは4月中旬で、職人たちの都合もあって、ワタシの締め切りが、どんどん早くなってしまって(苦笑)

作品の大きさは、縦160cm・横140cmですから、結構な作業量になりました。
題名は、「松島・嵯峨渓」です。
13万年前の土砂崩れで、20分で陥没して出来たという松島湾の、その北側の形成する外洋に面した岬で、今回の津波では、瑞巌寺をはじめとする松島の中心や塩竈を守った岩壁です。
瑞巌寺の守護神は不動明王ですが、この岸壁はその化身ですね。


で、職人に渡す前に、師匠に見せたのですが、師匠はキャアキャアいって、歓んで(笑)
なにせ、東京手書き友禅の伝統技法が、いたるところに宝石のように散りばめてあって、それがメインの見せ場にならずに、愛嬌として効果を出しているのが、うれしかったみたいで。

ふだんから全国数千人はいるはずの染色芸術家たちに、「ああしろ・こうしろ・色が汚い」と威張っている師匠の名を、直参の弟子として、汚さずに済みそうなので、まずはひと仕事終わった感じです。

神が降臨したかどうかは、表装が終わるまで、まだ見えませんが。
可愛い天使の遊び場は、いくつか現れてますので、まずはOKでしょう。

正月にALSで亡くなった親友は、田舎の呉服屋なんですが。
奥さんに写真を送ったら「色だし、柄、迫力が、ステキです。災害後にふさわしい題名です」と、歓んでくれました。
友人に、一目、見せたかったです。


なんであれまあ、老いた遊び人の色気というやつで。
変態も老人になると、芸のうちってことですなあ(爆)

それにしても、亡くなった親父は、94歳で亡くなる1か月前まで、同じような作業を、しかも高い水準で毎日続けていたのですから、スゴイです。
一流の芸術家気取りの弟子たちは、逆立ちしても、あの気力体力には、遠く及びませんね。

ワタシも、もうすぐ67歳。
どうどうとした後期高齢者の仲間入りですが。
あと30年は、今の身体を遣うわけで。

普段からの養生が、いかに大切かを、改めて思い知らされました。

どんな気の利いた小技だって、思考が停止してたら、オシマイです。
しかも思考というのは、身体が動かないと、止まるんですよ。


思考停止大国になった日本は、社会の要路が、いたるところ老人ばかりだからなんです。
同じ老人でも、不思議なことに、事業家でも政治家でも高級官僚でも、イバリたがり、出世したがりは、アル中なみにボケが早いです。
多分、精神が、早いうちに動脈硬化しちゃうんでないかな?

例のドジョウ総理ですが、大事な国際会議をすっぽかしても出席する唯一の道楽が、故郷の同窓会の出席なんです。
そこで「いじめられてる」とかって愚痴るのが、彼の楽しみだとしたら。
村の小学校の校長や村会議員なみの、社会意識であることがわかります。
こんなのしか、日本には、人材がいないってことなのか?

それしか、表に出てこないって、ことなのか?

弁護士業界も、疲弊しているといわれていますが、業界として、政治家業界は、疲弊の極みですなあ。


とはいえ、世の中、バカ老人だけではないわけで。

石巻の海岸の、辺鄙すぎて自衛隊も救援に駆けつけられなかった、百人弱の住民の平均年齢が70歳を超える部落では、津波では一人も亡くなってないです。
ボランティアに来た学生が持つ荷物を、80歳すぎたバアさんが、「見てられない」と、持ってあげるくらいのムラですから。
これこそが、現代の桃源郷でないかしら?

1、2km離れた老人施設では、数十人単位で、老人が亡くなっているんです。

災害では、それまでの問題点が、改めて浮き彫りになるだけなんですよね。


3・11以降も、何も学ばなかったヒトは、気の毒ですが、それ以前から、学ぶ能力がなかったってことみたい。

ワタシも、ヒトに「気の毒に」と言われないように、しなくちゃね(笑)

イイネ!(2) mmc、skrk
コメント


@絵師2012年03月22日 22:43
ついでに、嵯峨渓の嵯峨は、ワタシの推測では、おそらく京都の嵯峨野に由来し。
奥嵯峨の化野(あだしの)は、東山の鳥辺野(とりべの)と並ぶ、風葬の地でした。

一方、松島は、別名「待つ島」とも表記され。
死者が、浄土に行くのを待つ場所とされて、中世では「東の高野山」とも呼ばれた、巡礼地でした。

今どきの無宗教のヒトたちは、死とのかかわりを、縁起が悪いとかいってキライますが。
むかし土葬だった時代は、裏山や畑に親兄弟を埋めて、ふだんから日々会話していたわけで。
川向うや峠を「あの世」とする考えでは、死者とはすぐそばて交流を続けていたわけで、とりわけ松島は死者とも会いえる場所だったのでしょう。

地方の金持ち相手に、俳句の通信添削で稼いでいた芭蕉が、松島にはスポンサーがいなかったためか、『奥の細道』では、ご当地ソングを作りませんで。
そのことで、「芭蕉は、松島の美しさに絶句した!」と、逆説的に観光アイドルにされ。
最近では、歴女のおかげで、伊達正宗が人気を集めて、時代とともに、松島の人気の意味が変化していますが。

松島は、全国の霊能者には、未だにパワースポットの土地のようで。
夏のお盆の、昼間の観光客の喧騒が去ったあとの、漆黒の暗闇の中での松島の灯篭流しは、それは幽玄なもので、百万編のお経よりも、人々の死者への万感の思いを、雄弁に語りかけてきます。

今でも、ワタシの友人たちは、松島界隈を、夜中、10、20kmの距離を普通に平気で散策していますが。
老人の徘徊が風土病とも思えませんが、彼らが歩く動機に、死者との会話があるのかどうか?


まあ、こんなことばかり書いていると、また「津波で汚れた松島の瓦礫は、けがらわしい」とか、言い出すヒトが出てくるんでしょうか?(苦笑)

「けがらわしい」のは、どっちでしょうか?(苦笑)


なんであれ、今回のワタシの作品は、無宗教なワタシの、宗教画でもあるのです。


*何件か、お問い合わせがありましたが、公募展出品作品ですので、公開の場では扱いが微妙でして、しばしお待ちください。

落選したら、もちろん即・公開しますね(爆)


@絵師2012年03月25日 19:25
題名については、
「嵯峨渓は、津波から松島湾を守った守護神で、津波の犠牲者の鎮魂と復興へのシンボルだから」
とのワタシの説明に、さすがの師匠も、口出せないと覚悟したらしく、確定しました(笑)

実はこの文章は、応募の際の「作品の制作意図」として、表記されます。

これで、地元の応援団も、納得するでしょう。

申し訳ないが、師匠は江戸のヒトです。

地元の人間が、郷土の風土に寄せる思いは、江戸の春風に乗るウグイスの気持ちがワタシにつかみきれないのと同じで、師匠には、春3月に吹く松島湾の雪風の冷たさはわかりません(苦笑)

地元の美術関係の応援団も、「なんとか、残してほしい!」と、いってきてますし(爆)

「グローバルな社会と時代には、超ローカルなテーマの特異性が、起動力になる」
という持論が、証明できたら、うれしいです。






額縁と表装を発注に編集する 2012年03月14日14:50
業平橋にきました。
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駅前の店で、店番の老人に道順を聞いたら、
「彼なら、知ってるよ」
と教えてくれたんだけど。
ついでに、
「良い男だよ」
だって

そんなこと、聞いてねえって

で、ジイちやんの説明は要領が悪くて、結局、駅から5分の場所なのに、また別なヒトに道を聞くことになりましたが
チャンスがあれば、ヒトの時間を無駄にしてくれるこうゆう街は、ワタシは好きです(爆)

額縁屋は、
「彼とは、あまり親しくはないんだけど」
と、苦笑いしてましたけど。
はなから彼は、師匠の紹介だし、仕事を頼むのは、ジイさんの一言で決まったわけで(爆)

帰り浅草に回って、電気ブランを昼食にして、座敷ワラシのようなジイさんの、健勝を祈っておきました


東京タワー界隈も、夕陽が似合うど田舎の雰囲気が、一杯でしたが。
スカイツリーの一帯は、また一段と、特別区かもしれない。
寅さんだったら、なんていったろう?



東電ツブシの前振りなのかな?編集する 2012年03月13日15:34
■枝野経産相、東電は「ミスの数自体がケタ違い」
(読売新聞 - 03月13日 11:03)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=1948810&media_id=20
それと、「再稼働必要論」とは、また別じゃないか?

国民の関心をそらすための、ためにする発言だわな。

で、原発再稼働は、国体護持ですか?



東電幹部OBと話ました編集する 2012年03月13日15:25
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=1945409&media_id=4
彼は、まじめな方で、引退後は、自然保護のNPOで、子ども教育プログラムを実践していることでワタシと知り合った、良心的なヒトです。

その彼も、再稼働の必要を力説していましたが。
彼の根拠は、

1 国策であること。
2 電力コスト

でした。

廃炉方法やそのコストや、「安全運転には200年かかる」という課題などにつて、質問すると、沈黙でした。

国策論については、
「下請けの管理など、東電本社の社員教育レベルで、すでに問題があることは、わかっていたはず。
安全管理の杜撰さなどだけでも、内部告白できなかったのか?」
と聞くと、「内部告発すれば、職場にいられなくなる」と応えてました。

原発補助金で、立地条件を整えるのは、国策だからできること。
で、その「国策論」で、社内には、内部告発どころか、「なんでもあり体質」が育ったことがうかがえます。
そうして作られた、かつてのデッチアゲ「安全神話」。
そして、新たな「再稼働必要論」。

どこか、「日本再武装論」に、死臭が似ています。


誰でもそうですが、どうゆう職業を、職場を選ぶかは、最後は自分が決めることです。

引退して、自然保護の子どもも教育に従事することは、彼にとっては、なんの矛盾はないみたいです。


再稼働を目指すヒトたちの、想定や理論や解析は、再稼働が前提で、都合の悪い情報は、良心的なヒトでも、すべてネグレクトされます。
一方、風力や水力といったエネルギー源への批判は、なかなか正確でした(苦笑)

それでいて、政府の「原発輸出政策」などは、「知らない・聞いてない」でした。


こうゆうヒトに、「自然保護教育」をさせておいて、よいものだろうか?
「自然保護教育」って、なに?
と、改めて考えてしまいます。

一応、「エネルギー消費について、国民の意識教育が必要」という点で、その場は合意しましたが。
また会う機会があると思うので、またイジメてやります(笑)

過去のこととはいえ、自分が東電の中堅幹部でいたことを悔やむまで、たっぷりまとわりついて、呪ってやるつもりです(爆)


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テーマ:ひとりごとのようなもの - ジャンル:日記

  1. 2012/03/29(木) 18:21:10|
  2. 今週のスクラップ
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0311今週のスクラップブック

本制作のため準備が、編集する 2012年03月12日00:47
ほぼ出来ました。

それにしても、伝統芸というのは、案外に無駄な作業があるものですが。

古い白・黒どっちの魔法でもそうですが、そのプロセスを墨守することが、作品のプロ的完成度につながると、信じられている気配があります(笑)


で、まあそれは少くなからずマニアック側面でないかとも思うのですが、ともかく神を迎えるための、つまり納得できるものに向かう準備というのは、面倒で厄介な作業の積み重ねなんですが。
しかし一方で、何回重ねても、その都度、心躍るものでして♪

そこが楽しめないと、こうした制作は、逆にツライものに、なるんでしょうね。



前回編集する 2012年02月20日19:22
師匠より良い線が描けたので、「勝った!」と思ってたら。
さすがに業界の第一人者で目が肥えてる師匠は、「あの線は、君しか描けないとか」言って、ワタシと競合していたテーマから、他に転進しちゃった(爆)

何が言いたいかというと、功成り名を遂げた、プロ中のプロといえども、小手先頼りに人気取りしたくなる瞬間があり得るわけで。
真摯な素人芸に触れて、そこがすぐに反省できて、変われるのが、プロなわけだけど。

94歳で亡くなった、油絵技法の百科事典みたいだった親父は、死ぬ直前1か月前まで絵を描いていて。
その死ぬ直前、「絵は、人柄なんで、上手下手では、ないんだよ」と、言い残して死んでていったけど。

ワタシもむしろ、親父の気韻ってやつに、こだわっていたかもしれないなあ。

となると、「その人柄」ってヤツが、どこまで出せるかなあ?(苦笑)


イイネ!(2) mmc、mr


@skrk2012年02月20日 19:42
見てみたいです。

@絵師2012年02月20日 21:01
出来たらね。

でも、写真では、真意は、伝わりにくいんだよね。


普通、芸は結果だけが、表に出るんだけど。

たまたま若い芸人がマイミクにいるので、参考までに、たまにはプロセスも、表現してみよかと、思っただけ。

こうして書いてみると、99%はプロセスで、結果としての作品は、「遺骸」といっても良いくらいだね(爆)

死んだ親父が、良く言ってました。
「オレが楽しんだ残骸を、みんなが有難たがって、褒めたり、買ってまでくれるだよなあ」
って(苦笑)

@skrk2012年02月20日 21:47
なるほど。
すごいっすね。
いつか生でみたい!

@絵師2012年02月21日 17:02
実は、まだ話があって。

線は描けたんだけど、もうひとつ、そこには神様が降りてきてなかったんです。

そこで師匠が、起死回生の一手を教えてくれて。

「これは、ワタシが完成させたい!」
とまで言い出すほど、スゴイことになったわけです(爆)

師匠のアイディアが、何んだったかについては。
師匠とワタシの、企業秘密ですので、簡単には公表できませんけど(苦笑)

そこが、さすがに業界トップの称号を持つ師匠らしい発想で。
駆け出しには、怖くて、やりたくとも出来ないワザなのです。

経験に裏打ちされた技というか、芸というか。


天才でない凡人の才能というのは、掘り起こしてもらうもので。

まだ試作品の段階ですが、今回の作品は、師匠と弟子の、格闘技の結果ですw

この闘いは、まだまだ続きそう(爆)



某大手ボランティア組織のイベントが編集する 2012年02月19日04:03
来週に迫っているんだけど。

その打ち合わせ会の司会を、脳みそが働かなくなりかけた老人から、ヒラ会員のワタシが、なんの前振りもなく押し付けられて、いろいろ考えてしまった。


まあ、司会業務程度は、中身の具体は知らなくたって、若い実務担当者から考え方や状況を聞いて、大人の常識で重点を判断するだけだから、どうってことはないわけだけど。
それすら出来なくなって、幹部老人が自分のワガママを押し付けるために、ワタシや若い会員たちを利用する行動が、最近、目につくので、「今度やったら、ぶん殴る!」と、脅しておいた(苦笑)
エリートOBさんたちは、「殴られる」なんて、想定外だったようで、ワタシの権幕と、相手のジジイたちの顔をみくらべて、ワタシの老人介護は、甘やかすだけではないことは、女房はよく見知っているので、そばで聞いてた彼女は、ゲラゲラ腹を抱えて笑いこけてた。


最近、被災地でのボランティア活動に参加したカップルから、
「うちのがボランティア組織のリーダーに洗脳されて、ワタシを批判するようになって、困っているんです」
と、相談してきたこともあって、ボランティア活動という「現実」は、なかなかリアルだなあと思うわけです。

ワタシがかかわる組織は、官僚や教師や企業のOBがリードをとっているのだけど。
他に数名ながら専任事務局が、いるにはいるのだけど。
これとて、政党事務局と同じで、組織を運営する老人たちの都合で、いつでもクビが飛びかねない不安定な身分なわけで。
これはこれで、「参加者の呼吸を見ながら、それぞれの目的を遂げさせる」仕事の組み立て方を訓練して、将来の道を、広げるなり、見つけてあげるのも、われわれ老人の仕事なわけで。

しかしそれ以前に、運営そのものが、「功成り名をとげた老人」同士の老老介護の場になりつつあって、このことが一方で若い世代の会員の離反につながって、かなり厄介な問題になりつつある。

まあ、全国どこの町内会も、似たような状況だろうとは想像するけど。
地域社会の老人介護の運営や被災地支援といったリアルな課題と、観光業者でもない連中が、「世界文化遺産登録とどう取り組むか?」みたいな、イマジネーションを要求される問題では、かなり取扱い方がちがってくる。


なんであれ、今後、高齢化を急速に進むしかない日本では、戦前から継続の、「威張り方しか教えてないエリ-ト教育(電力の社員は、業者からの接待ゴルフで、ヤクザしかやらない、ティーアップのピンにボールを業者に乗せさせるという真似をしているとか)」というのは、根底から見直す、良い機会になると思う。

原発問題というのは、ある意味で、戦争と同じで、「国策の失敗」なわけで。
その意味では、「エリート教育のリアルな結末」ともいえることになる。

しかし一方、「国体護持派」は、かつての「軍部」と同じで、追い詰められれば追い詰められるほど、命がけで「イデオロギーとしての体制を守ろうとする」ことは、当然、歴史的事実として、想定しておかないといけない課題なはず。


これと同じで、「現実的判断」よりも、「過去の栄光」にしがみつきたい老人たちは、そのことで「老害をバラ撒くことへの反省能力」が、人口減少とともの国力が衰微する日本の寿命の長さを、決めてくるのかもしれない。

「飛行機だって、100年前までは、竹トンボ。だから日本は原発先進国・輸出国になるのだ!」
という原発系企業の労組受けする理屈もあり得るけど、今はまだまだ「無理を承知の技術らしい」し、安全運転が実現するまで「200年はかかる」というのでは、「勝てない戦争に、国民をリードする帝国海軍軍令部エリートの無責任さ」と、同じレベルということになる。
この技術以前に、運営する側の、リアルを教えなかったエリート教育による人的管理ミスや、下請け・孫請けの操作ミスを考えると、日本の子どもたちは、放射能ミュータントに育つことに、未来を見つけるしか、ないわけ?


なんであれ、「老害」というのは、これから数十年は、「大きな公害」になって、「年金崩壊」以前に、老害で日本は潰れてしまうかも。

その対策は、社会学も心理学も経済学も含めて、今から研究を立ち上げておかないと。

老人が主体となるボランティア団体の運営は、そのための良い研究・教育現場になりそうな気がする。
実は、相互に協力関係にある大学生のボランティア団体のリーダーとも、その点について話しあっていて。
今後、その課題を、いっそう議論していこうということになっている。

ヒトは、捨てるとこはないはずなので、アル中や痴呆症老人にも、生産兼消費単位として、生きがいを見つけてもらう工夫を、みんなで考えないと、いけないんだよね。







一晩寝ると、編集する 2012年02月16日11:14 また線が、微妙に変わる

師匠は越えたけど
まだ親父の気韻が、出てこない

色で、勝負かなあ

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ここを執筆する 元・学園長 ですが、還暦はとうにすぎているのに、最近、江戸 手描き友禅 の修行もはじめました。

ここの絵は、当時小学4年生の男の子が描いてくれた絵です。
下手な写真よりも、はるかに元・学園長の特徴をつかんだ、観察力と表現力なので、今でも大切にしています。

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