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あかつき 事件簿

学園長の 身辺報告や雑感を 週刊誌風にまとめたものです

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今週のスクラップブック 08/31

思いがけないひとまで、
実に多くのひとたちが、世代を越えて、彼女の「純情派」イメージに、乗せられていたと、告白してます。
>最初の酒井容疑者継母、「週刊新潮」で告白 (サンケイスポーツ - 08月27日 08:05)
作られた「演出}が上手だったのは事務所だとしても、それを求めていたヒトたちに夢を与えた点では、ディズニーランドと同じなわけで、それを商売ネタにしてきたマスコミの無責任さは、小泉人気を盛り上げた責任に匹敵するでしょうね。
虚実の皮相こそ芸なので、大衆芸の功罪に、わたしは特に感慨はないのですが、いつまでも続くこの報道は、かつての小泉ヨイショ・民主ヨイショの、劇場型政治演出の「反省」でしょうか。

どこが優勢とかいう、他人まかせの風向き・人気分析ばかりで、きちんとしたマニュフェスト分析も載せられない、マスコミの総選挙の争点ボカシなんでしょう。

やはり「マスコミの思考停止」が、最大の問題でしょうなあ。

アメリカの核の傘の下で、鉄壁と思えた保守政権でも、動くときは動くわけで、大衆も騙されている顔をして、次の刃は、すっかり自己都合だけを優先するクセがついたマスコミに、向かうかも。


@コメントをもらいました
今のニュース番組のトップニュースが選挙のことではなく酒井容疑者のことになってるのにも大いに不満です。
過去を根掘り葉掘り報道するのもいけ好かないです。


@返事です
これこそが、マスコミの「正義の体質」なんでしょうね。
「水に落ちた犬」は叩くくせに、権力を握った政治家や大企業の過去は、実に簡単に忘れたフリをします。
まして、自分たちがしでかしたことは、見事に「自己都合」で、知らん顔します。
*mixiのトップ・ニュースは、アプリの不都合だけじゃないでしょうに(笑)


@再度コメントです
マスコミは売れればいい、視聴率が上がればいいという体質は戦前から変わってないのでしょうかね?
いい番組や本もあるんですけど。

我々一般人も政治家の意味の良く分からない話よりも、元アイドルの
覚醒剤事件の方が興味があるのでしょうか?
全ての人ではないと思うのですが。

芸能界もスポーツ選手のようにドーピング検査は必要かもしれません。


@再返事です
今回の場合、どうなんでしょうかね?
組織的暴力団が背後にいた「純情派歌姫」という衝撃が、マスコミ自身に、衝撃を与えているんじゃないでしょうか。
クスリ犯罪といっても、個人的依存症のレベルで、特に「麻薬撲滅キャンペーンの広告塔」になっている様子もないし。
まして組織的供給源摘発、という話も聞こえてこないし。
ここまで、拘留が長引いて、例によって警察の小出しのリークに、マスコミが振り回されている様相は、何かをゴマカス仕掛けがあるんでしょうかね?
もしかして、タイミング良く北のミサイルが飛ばないので、保守政権の「治安が大事キャンペーン」の代替のつもりなんでしょうか?

*結局、玉石混交がマスコミ報道なわけで、待ち合わせもできない時計の県別学力テスト以前に、TVのCMに踊らされる幼稚園レベルから、メディア・リテラシーのプログラムが必要なんじゃないかしら?
それをやられると、一番困るのは政治家以前に、マスコミでしょうけど。
「食育」とかいってますが、それ以前の課題なのような気がします。

公務員叩きの次に、アメリカの大新聞や巨大ネットTV叩きみたいに、日本もマスコミ叩きが来ると、おもしろいですね(苦笑)

江戸時代から、「毎日が縁日」みたいな、日本の大衆は、見世物大好き
の、基本的に軽薄なわけで、それはそれで良いと思ってはいるんですけど。
マスコミにその自覚がなくて、偉そうに構えると、ムカツキますね。


*こんなニュースもありました。
>"のりピー"異例の追跡報道は「押尾学=政界ルート」のスケープゴート!?(日刊サイゾー - 08月13日 08:10)
今回の総選挙前の、マスコミの麻薬騒動については、不思議に思っているヒトは、多いことは確かですね。


この数字は、
「景気底入れ」を主張する政党には、きつい数字です。
>完全失業率 過去最悪の5.7%(毎日新聞 - 08月28日 09:04)
労働を数字で見えるヒトには、「順調な景気対策」なんでしょうが、「調整される側」にとっては、「労働は、全人格的かかわり」なんです。
で、この数字が気にならないヒトよりも、気なるヒトの数が、圧倒的に多いわけですから。
心配は、これを利用して、またまた貧困ビジネスじみた政策を考える、利口なエリートが出てくることです。

で、厄介なことは、「他人の労苦が、数字で見れるヒト」は、組織のなかでは偉くなりやすく、「他人の労苦を、冷静に受け止めやすい」ことです。
なかには、「努力が足りない」とか、説教までしてくれちゃいます。

普通のひとは、なかなかそうはいかませんので、自分も他人も騙すために、神様や正義や会社をもちだします。
なかでももっとも便利なのが、愛国心です。
グローバルな新自由主義経済の行き詰まりで、日本的「和」の精神に注目するヒトもいますが、精神論だけでは、愛国心なみに、現実感がないみたいです。

@追加です
絵師 2009年08月28日 18:42 ヨーロッパや北アメリカに、資本主義かうまれるまで、労働と土地と金は、商品にはなりませんでした。
水も空気も安全も、タダでした。

商品ではないものを商品にみなす精神は、新大陸の旧住民を食い散らかし駆逐して、太平洋を越えて、アジアに達しました。
東回りも、インドを越えて、中国に達しました。

原動力は、20代の過剰な人口と、無分別さという説明もあります。

で、迎え撃った日本の若いエリートは、精神的に思想的に、成熟しないまま、アジアに同じ真似を仕掛けました。

そんな、数百年の歴史だけでなく、最近の中曽根首相時代でも、アメリカで洗脳されてきた経済学者や教育学者のエリートの空論に、血のめぐりの悪い手合いが、まだ抵抗力をもっていました。
しかし、バカは、やがて整理され、今、叩かれている官僚主義は、そうした想像力貧困な、エリートの机上の空論を吟味できない、冒険主義の下級官僚的思考バターンの流れにいます。

目についたマスコミの、臭みだけを、わたしはことあげしてますが、本当には、隠れて国を売っていた連中が、たくさんいたんです。


@コメントをもらいました
何にしても、政治が流動的になることが大事です。
投票によって世界が動くことを実感したいものです。

あまりにも任せっきりだったのではないでしょうか。60年もの間。


@返事です
なにがそうさせてきたのかを、考えておかないとと、40年間いつも思ってきました。
やはり商業マスコミのせいでしょうか?

今回も、政権交代するとしたら、政策選択ではないですよね(苦笑)
マニフェストって、有権者の何人が、冷静に読み比べていますかしら?
結局は、自公与党の、仲間内政治への飽きみたいな、ムードでしょ。
それをリードしたのが、TVワイドショーの、床屋談義的な浅薄な挙げ足取り報道。
対マスコミ増税潰しとまで、いわれてますから。

前総選挙での、小泉圧勝を演出したワイドショーの反省が、政権交代演出をつくったとすると、マスコミ・報道マフィアは、ますます態度でかくなりますね。
バーチャルな仮想社会であるマスコミの分析とリテラシーが、ますます必要になるようです。
一方、平成の大合併が、自民党の票田だった市町村の議員組織を、潰したともいわれてます。

例えば、今回の仙台市長選挙でも、田舎新聞は、地道な取材で、田舎生活を浮き彫りにしながら、それを市長選挙の争点に絞りこむことが、できませんでした。100万都市ともなると、都市生活者には見えない、農村生活や漁村生活者がいます。

新聞社内部の、田舎まわりする社会部と、市役所や市会議員となれあう政治部には、観点のズレがあるとすら、見えました。
その結果が、「争点無し」でした。結果、だれが得くしたか?
都市の論理にたつ、市役所です。

「変化」は歓迎ですが、山奥に独居する前期高齢者としては、潮流を読み取ることは、やっておきたいです。
最近は、「なにも見えてなかった!」と、愕然とすることが、ますます多くなってますから(苦笑)


たまたまですが、
こんな俳句を見つけました。

稲妻(いなづま)を
 抱(だ)きたる海の
  底知れず
   <千田一路>

*稲の夫(つま)の意味が、稲妻だそうです。
稲交接(いなつるび)ともいって、これによって稲が実ると信じられたので、秋の季語になったとか。
その電光が、海に向かうさまを詠んだこの句は、雄大です。

*たまたまですが、画像は、秋の展示会用に準備した松島(80cm×120cm)です。
01010.jpg 01014.jpg 01013.jpg 01021.jpg
手法は、写しノリ絵といいまして、まったく友禅の手法なのですが、やっているうちに、幽玄にはほど遠い、荒々しいタッチになってしまいました(苦笑)
まあ額装すれば、もっと落ち着くはずです。

もともとは、色留袖のデザインの原画でした。
このままでは、とても着れませんので、またひと工夫しなくてはいけません(笑)

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  1. 2009/08/31(月) 00:00:11|
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今週のスクラップブック 08/24

岳父の容態が
安定しないため、ややあわただしくしています。

うちの両親もそうでしたが、高齢者社会というのは、本当に後期高齢者にとっては、幸せなんでしょうか?
不安と恐怖に、ゆとりを失った老夫婦が、互いに追い込みあって死に至る姿は、周囲にいろいろな波紋を広げ、さまざまな人間模様を浮き彫りにしてしまいます。

まるで、ワタシと同じ64歳を迎えた「戦後」が、高齢化とともに、適応力を失って、飽きられ捨てられていく自民党みたい(苦笑)

ネット上での
マニフェスト比較も、違反なんですかね?
この放置は、戦後の愚民化政策の典型ですね。
政治家だけでなく、印象操作で金を稼ぐマスコミの利益にも、なっているのでしょうね。
>公選法 規制「時代遅れ」の声 (時事通信社 - 08月19日 06:12)
公選法の選挙運動規制(特に文書図画頒布禁止、戸別訪問禁止)のルーツは、戦前の治安維持法と同時に作られた衆議院選挙法です。

街頭でのチラシ・マニフェスト配布はもちろん、特定候補や政党への支持を訴えるネット上のブログやHPやメールが「選挙運動用」の「文書図画」になり、違法行為になるわけです。

今度の選挙後、こうした規制にも、進化が起きると、良いですね。
@ってこの意見表示も、公職法違反?(爆)
******
@現実には、mixiやブログへのプライベートな意見陳述に、この法律を根拠に警告してくる、加齢臭ただよう体制擁護の「弾圧派」の方便にされてます。
本人は、「正義」のつもりらしいですが、右翼の街宣車なみに、金でももらって動いているとしか思えません。

こうした「卑劣な老人」というのは、結構います。
老人だから、卑劣なのではなくて、もともと卑劣だったのが、老化とともの、先鋭化したんでしょうけど。
老人だから、何を言っても良いってものじゃないです。
老人だからこそ、責任があるはずなのです。


コメントをもらいました。
>海外の同胞100万はどうやったら
選挙の選別したらいいんでしょうかね?


@返事です。
もともと国体護持が目的ですから、選挙事務所で出す茶菓子とかには、気をつかいますが、国際性なんか、想定されてないんです(笑)


@再コメント
>実際、情報の獲得に苦労しているみたいですよ。


@再返事
国内にいても、まともにマニュフェストのアセスメントというか、評価・分析から、状況の予測まで、できているひとは、何人いるんでしょうか?

在外選挙人名簿登録者数は、11万人弱だとか。
数としては、企業駐在員が多いのでしょうが、企業はそうしたケアはしないんでしょうね。

一方、長年、海外で暮らすヒトたちは、むしろ外部から見ることで、客観的に見えてくる部分もあるようです。
ワタシのブログなどは、海外永住の日本人に、よく共感をいただくことがあります(笑)


追加
知りませんでしたm(__)m

在外投票制度は、今までは比例代表に限られていたそうで、06年の法改正で、選挙区にも拡大されて、今回が初適用で、国内で最後に棲んでいた小選挙区に投票できるんだとか。

また同一の在外公館管轄地域に3ヶ月以上住むのが条件で、在外公館か郵便投票があるそうです。
ただ選挙人名簿への登録が必要で、登録率は10%だそうで、手続きの簡素化が課題のようです。

なお南極観測隊員はFAXで、PKO派遣自衛官は、宿舎内で投票ができるとのこと。


高齢化社会というのは、
「痴呆症社会の到来」でもあることは、案外に気づかれてないです。

「老人を敬え」という儒教倫理は、もともと「そうでない社会」というのが前提にあって、「社会の安定」の目安・理想だったのでしょう。
その後は、老人の執拗な「若者への嫉妬」です。
*ひょっとして、自分が行かない戦争への老人の賛同は、思考力衰退だけでなくて、単なる若者へのシットなのかも。

いずれにせよ、ボケたフリして、怪しいことを言い出している老人は、身近にも結構います。
いかにも若者の味方みたいなことを言って、身体に染み込んだ、エゴと自己愛の塊になっている国体論を、「自分のために」再び復活させようという腹のようです。
若い教え子たちは、みな正体をしっているんですけど、知らないヒトは、経歴にだまされる(爆)
まして、正体を知っていて、追従するのは、そうした自己愛障害の塊たち。
で、そうゆうヤツに限って、「間違いを許しあうのが、人間だ」とかって、戦争責任を逃れて、ズルズルと権力を握ったた戦犯のようなことを口にします。
どこまでも、自分をごまかすことだけに、知恵が回るようです。

ワタシはしつこいのでしょうか、まだ10年にもならないむかしに、彼らが口にした言葉を、まだ忘れられません。
「許し」というのは、反省能力を期待するからで、もともと反省できない体質を知っているワタシとしては、敵にまわっても、味方にはなれません。


ところで
今回の総選挙の選挙違反は、今までとは、様相が違う、労組とかの組織ぐるみが、増えそうですね。
先行事例で、宮城県では、民主党がやってました。
これが今回は勢いで、全国的に広がっている気配を感じます。
>■民主300議席超す勢い…衆院選情勢調査 (読売新聞 - 08月21日 03:03)
かつて満州殖民や戦争協力は、大新聞をはじめとする、マスコミが扇動しました。
こうした形で、戦後処理のために「天皇とマッカサーが抱擁した戦後」が「おわる」というのは、奇妙な既視感を覚えます。

印象操作で持ち上げた小泉がダメで、これで今度、民主がダメなら、マスゴミは、次には自分を叩くのかしら?
やるはずないよね。
また次のターゲットを、「業界」として、器用に見つけるんだろうね。

「あの敗戦を無駄といったら、死んだヒトがかわいそう」とかっていう生き残りエリート軍人と同じで、自分をだますのが上手なヒトを、エリートと言うんだから。


ワタシは、
まだ現地を写真で、見ているだけですが。
近くの、大昔のがけ崩れの痕跡から想像する限り、あの地質では、かなりの大規模な地形変化だったようで、良いアディアと思います。
>■岩手・宮城内陸地震の大崩落地形「公園化」構想(読売新聞 - 08月19日 21:12)
20年前、15年住んだ親父の家(仙台市内)が、崖崩れにやられました。
原因は、「30年に一度」とかいう集中豪雨で、一週間で400mmほどが降ったと記憶してます。
で、今、跡地に行ってみると、防災工事でまったく景観が変わっていて、「これほど大規模に、危険があったのか」と、そこで生活した者としては、強い衝撃を受けました。

「300m山が動く」「山の形が変わる」という体験は、短い一生のなかでは、そうそう経験できるものではないので、崩落地形全体が見渡せる「公園化」は、地元復興のためにも、良いと思います。

あの地震では、確か地域活性化のための専門家も、犠牲になっていたはず。
そうした記憶も残したいですが、それはそれで、生き残ったヒトの都合もあるかな?

  1. 2009/08/24(月) 00:00:24|
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今週のスクラップブック 08/18

*盆の墓参りや、急に容態が変わった老人がいて、予定が狂いましたm(__)m

毎年夏のTVは
戦争の記録物が、年中行事になっていますが、今年はNHKの、旧・海軍軍令部の「反省会」なるものを見ました。
一目みただけで、いろいろな感想が噴出します。
何はともあれ、これほどの内容を、「恥だから」との理由で、国民に公表してこなかった「エリートの無責任さ」に、改めて怒りを覚えます。

若い方たちの受け止め方を見ることに、しばし専念してます。

指導的立場にあったヒトたちの、310万人の犠牲を、「間違いだったとは、言いたくない」という自己愛を許したものは、「戦後処理の都合」からの、「天皇とマッカサーの抱擁」が、生んだものだったのでしょうか?

最近ある田舎ニュースで、自分をだますのが上手な老人の名前を、見つけました。
もっともらしいことを唱えて、若者をだますのに懲りない男は、一生懲りないみたい。
むかし彼が言ったセリフを、ワタシはまだ覚えているんですけど(笑)


筋ジスの友人の
見舞いにいきました。
明るい家族で、助かります。

あれよあれよの展開で、家族としては、笑うしかない病気ではあるのですが、よってたかって偏屈な彼の性格をからかって、笑い声がたえません。
彼も血色の良い表情で、女房や娘にさからってました。
これが家族の力、なんですね。


今、友禅で、
海のボリュームに挑戦してます。
波にはいろいろあって。
サーファーなら、ご存知でしょうが、表面の波のまじって、波長20~30,40mという、長いのがまじってきます。
はるか数千kmのかなたから、来るそうです。

古代の海洋民族は、こうした波の、いくつかの種類を見わけて、旅をしたとか。

で、松島湾の、海の骨格というのか、寄せてくる波の、大きな動きまでは、描いてみました。
陸の木々を描いた絵の具の乾きが悪いので、しばし表層波に取り掛かるまでは、様子見です。
この抵抗に、なにか意味があるのか、ないのか(苦笑)

今、丘の上に立つ島の娘を、妊娠させるという風の伝説を、ふと思い出してます。
そんな風まで、わたしに描けるかどうか?

ブラジル政府すら、その孤立した文明を守るために接触を絶っているアマゾン奥地の部族では、すべての生命は、蟻が処理するそうです。

この部族の娘で、父親不明の子を宿した子が、祖父に
「森が生きるためのすべてを、あたえてくれる」
といわれて、共同体をはなれて、澄んだ眼で森にむかう姿も、浮かんできます。

この娘一家の今後を、ドキュメントは追いかけてません。
ただ常識的には、出産時だけの、一時的な森入りだと思います。

こうした問題の取り扱いは、歴史的にも、種々見られますが、こうした数百人規模の部族では、比較的にゆるやかだと想像されます。
というのは、ただでさえ平均寿命が短い社会で、共同体が子育てを放棄していては、こうした部族は、はるか昔に消滅していでしょうから。


ふと思い浮かんだことのメモです
桃曰(いわ)く
 憂(う)きものは
  わが種なりと
<河原枇杷男>

反骨といえば聞こえが良いですが、意固地なだけ。
下手な処世を、自嘲しているようで、なおも自分の我を押し付けています。
せめて自分を桃にたとえているところが、俳句特有のおかしみで、救いです。

ついでに思い出しましまた(笑)
死んだ親父がよく、「これさえなければ、桃は果物の王様だなあ」と、でかい桃の種にむかって、つぶやいてました。
彼は、この句を前提に、つぶやいていたんですね。
全身、桃の種みたいに、ワガママな人だったからの、発想でしょうね(苦笑)

そう言えば、13日が命日だったはず。


遅ればせながら
墓参りツアーです。
生き延びてる方にも、あやしいのがいて。
ワイワイしてます。

墓に向かう田舎電車のなかで、気が遠くなるような、ノンビリした時間の流れに、全身をただよわせる感覚は、ぬるい風呂に浮かんでいる浮遊感に似ています。
で、都会からの旅行客の、空虚でせわしないオシャベリに、殺意を感じてます(苦笑)


うちの墓石に
カタツムリが、いそろうしてました。

うちの石は、ちょっとデカイので、いつもカラスの宴会場なんですが、頭の上の突起が、微妙に安全保障になっているんですかね。
k011.jpg k012.jpg k013.jpg

今夜は、向かいの島に渡って、泊まるつもりです。


鬼ヶ島伝説が残る島に
渡りました。
kt011.jpg kt012.jpgkt0131.jpg
松島湾の外洋に面した島です。
島の天辺の、廃校になった小学校。
右は、そのそばから臨む、うちの墓です。
(右写真の奥の島影の、また奥の山の中です) 

で、その島の内海側にある、明治の初めの、アラスカでのラッコ猟長者の屋敷跡。
s011.jpg s012.jpg s013.jpg
右の海岸は、廃墟の前にひろがる、桟橋跡です。

s014.jpg s015.jpg s017.jpg
もともとは、北回り船の港だったのでしょう。
真中は、屋敷跡から見た、向かいの島。
*この島には、ワタクシが塩竃市に寄贈した親父の100号クラスの絵が、5点ほど飾られています。
右端は、屋敷の奥にある「雨降り石」への参道です。
島は、良い水が湧くのですが、それでも水源は雨水で、島に渡る船のなかでも、老人の話題は、かろうじて聞き取れた話では、「降りすぎても、降らなくても、雨は困るものだ」という話題でした。
ただし、それ以外の話は、ワタシには聞き取れませんでした。

それにしてもC群真中の写真の左奥が、D群右端写真の参道入り口につながるわけで、屋敷内に「雨降り石」への参道入り口を抱え込んだラッコ長者の権勢というのは、ちょっと今のわれわれの、想像を絶するものがあったように思います。

一方、その業績は、実は今、市の公民館にすら、遺品すらほとんど残っていません。
20年前は、近隣4島で1500人の人口があったのですが、今では、600人程度とか。
近世から近代にかけての、海洋日本のひとつの歴史が、この島々には埋もれています。

*1946年法社会学者・川島武宣(たけよし)が、山形県酒田沖の飛島にのこった「ナンキンコゾウ」なる「貰い子」慣行を、「奴隷制養子」として、「アジア的封建制の残滓」としてあげています。
前近代の漁村における労働組織の研究は、「アジア的停滞論」によって、その本質がかなりゆがめられたように思えます。

写真の最後は、島から臨んだ、松島海岸の灯篭流しの花火です。
th011.jpg th012.jpg th013.jpg


岳父の容態が
思わしくないので、今回の松島4島の探検は、急遽中止しました。


  1. 2009/08/17(月) 17:13:22|
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今週のスクラップブック 08/12

この理屈はともか
根本的に、議論するべきことは、たくさんあるよね。
>裁判員裁判に「リンチ」と批判 (時事通信社 - 08月03日 13:02)

国家権力のあり方ですら、変質しつつある中で、そうした変化に司法も対応できる体質つくりが、必要なんだけど・

歴史学者の議論でさえ、
そのときの流行で、冷静に見れば、噴飯ものの議論もあるわけで。
>横浜市「つくる会」教科書採択 (毎日新聞 - 08月04日 13:33)
自分に都合の悪い情報をネグレットすることは、気づかないまま、やってしまうのが、われわれ人間です。
で、「商業左翼」が成立する以上、「商業右翼」というジャンヌも、当然、ありえるわけです。

「メディア・リテラシーの欠如が日中戦争の拡大を促し、太平洋戦争を勃発させた」とも言われていて、それが「戦後」、どこまで克服できたかは、はなはだ疑問です。

老人としては、次の世代に「柔軟な思考」が育つことを、祈るばかりです。


@教員と思われる方からのコメント
>つくる会と応接したことがあります。

あれほどの杜撰な歴史を構築していながら、話し合いの席では強要的態度が強い。他人の話を聞かない。
自説を妄信している。

大変不愉快な話し合いになりました。

反省を自虐と取る考え方には、全く納得いきません。

おおむね、教育委員会というところが、最も後進性の甚だしい部署、と言えそうです。


@返事
8月末に任期が切れる梅原・現仙台市長が、就任初期だったかな、彼が縮小した男女協同参画企画の推進審議会の委員に、「新しい歴史教科書を作る会」の元副委員長を入れて、市民から反発を受けてました。
思考パターンが、同じなんでしょう。

梅原氏は、今回の市長選挙で、自分が立候補できず、彼の市政継承を宣言した元・女性副市長が落選し、反発して辞任したもう一人の女性・元副市長が当選したことに、悔し紛れのガキのような反応を示しています。

>「下克上。道義的には敗北者」 梅原市長、再び奥山氏批判 8月4日6時13分配信 河北新報
もはや暴走族以下です。

問題は、こうした思考パターンが、どう生まれ育つかという研究調査が、案外ないということです・
前にツルリンドウさんからご指摘にあった、「母親が息子たちを戦争にかりたてた」という点も含めて、支配的養育の環境が極めて大きいと考えてます。

梅原氏は、ワタシと同じ、田舎の進学高校の出身ですが、同窓会などに出てみると、大学も就職した官庁や企業も超一流ですが、「10人一人」は梅原タイプですし、かなりの数が「隠れ梅原」です。

簡単に言えば、「虐待の後遺症」と考えられます。

こうした独善的な思考を、「信念がある」とか評価して追従する手合いも、実は虐待的養育環境で育つ、「思考停止=失われた自我」ですが。

地方の進学高校(多くは県立)では、
a 5分の1~2が、学者・官僚・医者といった世襲エリートの子弟
b 5分の1~2が、地元の古い家柄(旧地主・地元士族の末裔・大き  な商家など)
c 5分の1が、たまたま偏差値が良くて、学歴を出世のネタにできそ  うな子ども
という感じです。

一般に知的貧困性が、こうした独善的思考パターンを育てると思われがちですが、a階層からも、こうしたパターンは育っています。

梅原氏は、開業医の子どもです。
守屋・元防衛庁事務次官は、bで、確か内務省官僚から政治家・市長の子どもです。

「シツケ」と称する、「見えない虐待」の結末は、アキバの連続殺傷事件の犯人の育ちにも見えてますが、いろいろと反社会的影響を生んでます。

社会的な地位があると、梅原現市長のように、よほどのことをやらない限り、多くはこうした批判的な調査研究の対象にはなりません。
またウッカリすると、プライバシーの侵害だったり、人格攻撃にも、なりかねません。
とりわけ本人に、「ビョーキ」という自覚もないだけに、本人が反省する機会は、不祥事がおきてさえ、梅原・現市長や多くの政治家がそうであるように、出てこないことがあります。

こうした「精神的に未成熟なエリートの悲劇」は、単に本人だけの問題だけでなく、社会に悪影響を与えることが、怖いです。

「戦争責任」の問題は、多くが、これでないのかしら?

大英帝国を作ったのも、アメリカのネオコンや新自由主義市場経済政策の推進も、エリート教育の「成果」とも言えます。

ただ暴言・失言を垂れ流す政治家や、倣岸な高級官僚や大企業トップなどの独善性は、単に「政治的にケシカラン」で、排除するのではなく、「大人の失敗例」として、研究する必要があると思ってます。

アメリカの新自由主義市場経済も、大英帝国ほど、寿命がもたずに自滅するみたいです。

科学が科学的とはいえないのですが、少なくとも戦争もふくめた独善的思考には、未来はないんですけどね。

良い大人になんだから、内に鬱積したものを発散するのに、子どもを巻き込むのはやめて欲しいんですけど。
大人は相手にしてくれないので、子ども相手なら、何しても良いと思っているんでしょうね。

やはり「虐待の連鎖」と、同じ構造なんです、これは。


メモです
人間開発指数というのがあるそうです。
******
>豊かな国は「少子化」克服、日本は例外的 8月6日3時6分配信 読売新聞
 社会・経済が発展すると晩婚、出産の高齢化が進み、出生率は下がると考えられてきたが、発展がある段階を超えると、出生率は再び増加に転じる傾向にあることが、米ペンシルベニア大学などの分析で明らかになった。

 この中で日本は出生率が上がらない例外的存在であることもわかった。6日付の英科学誌ネイチャーで発表する。

 研究グループは、各国の生活の質と発展度合いを示す人間開発指数(HDI、最高値は1・00)と、1人の女性が生涯に産む子供の数を示す合計特殊出生率との関係について、1975年から2005年まで比較した。

 調査対象は05年時点でHDIが0・85以上の日米欧など37か国。その結果、HDIが高くなるほど出生率は低下したが、HDIが0・85~0・90に達した段階で、出生率が逆に上昇する傾向があることがわかった。
20090806-00000171-yom-sci-view-000[1]
 例えば、米国は76年(HDI0・88)、イタリアは94年(同0・90)に、出生率が増加に転じた。この傾向の明らかな例外は日本、韓国、カナダだった。日本では05年にHDIが0・94まで上昇したが、出生率は1・26で過去最低になった。

 HDIが特定水準を超えると出生率が上がることについて、同大のハンスペーター・コーラー教授は「発展に伴い、女性の働く環境や保育・教育施設が整備され、晩婚化や高い育児・教育費用などのマイナス面を補うから」と説明。

 日本でも06年以降の出生率は3年連続で微増してはいるが、コーラー教授は「日本は明らかな例外。男女間格差や女性が働きにくい労働環境など、複数の要因が重なっている」と分析している。

 ◆人間開発指数=1人当たりの国内総生産や平均寿命、識字率、就学率から算出。国連開発計画も90年から毎年、発表している
*******
アメリカ流の新自由主義市場経済の政策から遠いとの印象が強い国ほど、指数が高いとみえるんですが。
素人の、偏見でしょうか?


これもメモ
市会議員でもない、われわれ一般市民は、こうした記事でもないと、こうしたニュースは耳にとどきません。
市長選挙の争点関連ニュースが、選挙がおわってから出てくる市役所の対応って、これも悪代官・現市長の責任ですか?

梅原現市長も、その言動がニュースになったから、今回の選挙の結果になりました。
天下った幹部たちが、適任なのかどうなのか?
役人の匿名性をなくすことも、大きな行政改革ですね。

梅原君どころでない、とんでもないことを口にしていた役人たちは、結構いますけどね。
*********
>仙台市、管理職3割「天下り」 51人外郭団体へ 8月1日6時13分配信 河北新報
 仙台市は31日、2008年度に退職した課長級以上の管理職の再就職状況(6月末現在)を公表した。国、県との人事交流や死亡などを除き、退職した管理職は155人で、うち112人が再就職。市の外郭団体に転じたのは51人で、3人がトップに就任した。

 外郭団体以外では市の再任用が30人、非常勤嘱託職員が12人(兼務者1人を含む)。民間企業などへの再就職は20人。

 外郭団体のトップとなったのは、いずれも局長級。犬飼良次前建設局長が市建設公社理事長、クロップス社長に就任し、佐藤正基前環境局理事が市シルバー人材センター理事長、沼田敏雄前財政局理事が仙台交通社長に就いた。

 市は要綱に基づき、管理職の再就職先を毎年公表。7月26日投票の市長選で初当選した奥山恵美子氏は、外郭団体について「組織の統廃合を進め、職員の配置を検証する」との考えを示している。
*******

*なお仙台市長選へのわたしの意見陳述にたいし、「公職選挙法に違反しないか?」という意見が寄せられました。
そのひとには、よほどウザカッたのでしょう。

かつて小泉政権全盛期、終始、小泉政権の悪口を書き続けたワタシに、「国民が選んだ政権に、ケチをつけるのは、非国民だ!」といってきたヒトがいました。

こうした無責任な方々というのは、自分にだけ無責任で、おわらないところが、厄介です。


時代によって
子育ては、変化するんですよね。
>不登校の小中学生 3年ぶり減少(毎日新聞 - 08月06日 20:24)
江戸時代以前は、人口の多い京都や、屍骸を回収するヒマがない合戦場などでは、庶民の屍骸は野辺に放置しました。

これに群がって肉汁をすうのが、蝶でした。
こうしてある土地では、ほかでは絶滅したある種の蝶が繁殖するという、模様が怖くて食べない平家カニのように、人間の日々の習慣が、生物の生態系に影響を与えた例として、有名です。

で、そうした事情から蝶は、日本人にとっては、魂の化身とみなされました。

ワタシは、子どものころ、道にオシッコして、蝶を呼び寄せる遊びをよくしてました。
つまり蝶は、肉食なんです。

室町時代、念仏踊りの女性の衣装に、蝶が描かれるようになった理由も、ここにあります。

一方、むかしは7歳までは死亡率が高ったため、神にお礼するために、七五三のお宮参りが生まれたわけです。
20歳まで生き延びた子どもは、生まれた子どもの「半数以下」という推測もあります。

つまり子どもは「神からの預かりモノ」として、「いつでも、神にお返しする可能性が、あるモノ」として、大切にされ、今のような「私物化」というか、親の養育責任というか、親との個別の絆は、今ほど、強くありませんでした。

逆に、子どもの養育は、村全体が育てたわけで、時に父親が不明な子どもは、「神の子」として、共同で育てていたようです。

ですから、子どもは、「神の子=魂が、まだ固まっていない」という意味で、蝶につながって、連想されたと思われます。

予言とかも、子どもの口を通じて、神の意思が表現されたことは、よくありました。
P80558002.jpg
で、サクラは、「山の神が、里に下りてくるときの座」という意味ですから、この絵は↑、こうした昔の日本人の、「神の子としての、子どものイメージ」を、そのまま表現したものと、考えられます。
この絵自身は、昭和初期か、大正期の、子どもの、七五三用の衣装と、思われます。

多くのメルヘンが、こうした冥界伝説を背景にもっていることは、日本にかぎりませんけど。

江戸末期以前の、欧米人の日本人への日本訪問記は、多くが「日本人は、子どもを大切にする」と、一様に驚いています。

一方、ローマ帝国時代のローマ市民や、資本主義発達期のヨーロッパでは、お金を払って、子どもを田舎に預けた習慣があったようです。

日本での封建時代の「乳母制度」は、確証はないのですが、共同体から離れた上級武士に残った、「他人の力を借りて」共同体で子育てした名残ではないかと思います。
日本でも明治以降、高級官僚やブルジュアや地主といったお金持ちに、乳母や女中や書生に、子育てを任せる習慣がうまれたようです。

乳母ッ子で有名なのが、漱石の『坊ちゃん』です。
自立できないひ弱な子どもを描いた、『女中ッ子』という映画も、戦後すぐぐらいにありました。

今アメリカでは、キャリアを優先する女性の子育てでは、レベルの低いベッビーシッター任せの子育てで、いろいろな問題がおきているとの、噂がありました。

「不登校」の話と、だいぶ遠くなりましたが、子どもを育てる意味というか、価値観というか。
いろいろな角度から考えてみる必要が、あると思うのですが、「子育て」だ、「教育」だとなると、トラウマむき出しの、独断と偏見がむき出しになって、「自分の体験だけが、真実だ!」と、なかなか冷静が議論がうまれません。

「ゆとり教育」も、確かあれを推進した文部官僚は、自分自身の進学教育に強いトラウマがあったと、「ゆとり教育」説明の講演会で聞いた覚えがあります。

一般論ですが、トラウマとかの、ある偏向をもった政策や行為は、「良かれ」と思って、客観性がないことを、してしまうことが多いんです。


@若い方からのコメント
絵がとてもいいですね。
不登校といえば自分もそうでしたが、
それが流行となったり不登校の子どもへの対策ができてくると、
他の新しい病気のように、子ども達はまた別の意外な手段で
大人や社会に問題を提出することになるかもしれませんね。
まるでつまらない問題を沢山やらされたお返しのように。。


@返事
子どもの問題は、社会の歪みの投影ですから、社会が単純だと、話もまあ単純なんです。
この絵は、私は大好きなんですが、よく見ると、目の焦点があやしくて、少し怖さがあります。

この子をモデルに、わたしが描くと、なぜかもっと悪ガキになります(笑)


@女性からのコメント
子育てに限らず、自分の体験してない事は想像しにくいので、基準を体験に当てはめようとすると体験に伴う感情が喚起され、判断が主観に偏り冷静になれないのではないかと思います。

mixiニュースのコメントを読みながら、そういう傾向を感じています。


@返事
それを補うのが、知性なんでしょうが、最近は、学者でも知性的でない人が、結構ふえて、理路整然と、感情論を唱えてます。

これも一種の、思考停止ですね(苦笑)
たしかモンテスキューが、「ピレネーの山をこえたら、」どうたら、こうたら、いってましたね(笑)


@ワタシの追加コメント
tnさんのコメントを、正面から受け止めていなかったかもm(__)m
不登校児の親の特徴に、自分の体験やトラウマへの、強いこだわりがある例が多いです。
例えば、不登校児の親には、真面目な親が多い。
祖父母世代に、公務員・教員・宗教家や熱心な信者・中級以下の軍人とかがいる。
逆に、政治家や事業家・企業家や法律関係者・芸術家に、DV家族を見かけることがある。
これまた、狭い範囲での経験論なので、一般化がムズイのですが、若い(または未熟な、または世界観が狭い人格)では、「良かれと」思う主観(自分の体験やトラウマ)にこだわることで、子どもの社会的適応力を、狭めているかもしれないと、考えました。

家族としての、価値観の固定化というか、こだわることによる、活力の疲弊があることは、確かみたい。
ゲュタルトの硬直が、あるのかも。


@年配者からのコメント
鬼気迫る絵、と拝見しました。
昔、蝶を異常に怖がる女がいました。飛翔する蝶の向こうに、冥界を見ていたのかもしれません。

とても面白いお話でした。 絵師 2009年08月08日 11:02 となっ!さんのコメントへの第2返信への補足(苦笑)

こうした問題は、「素質・きっかけ・環境」がからまりあっておきてます。


@tnさんへのワタシの追加コメント
第2返信で述べたのは、環境部分で、すべてが、これで説明できるわけではありません。
当人の苦痛に長く寄り添っていく中で、あとで考えると、「そうだったのか」と、見えてくる場合があるくらいですから。

それにしても、これだけの数が報告されながら、どれほどの大人のエネルギーが、注がれているんでしょうかね?
むかしアメリカから、母娘で日本に難民してきた不登校児がいました。
アメリカでは、州によっては、不登校は、養育放棄とみなされて、親権を剥奪されるそうです。


@年配の方への返信
女性の昆虫ギライは、多いですね。
妙齢の美人が、般若のような形相で、トンボや蝶を毛嫌いしている姿は、ワタシのような悪ガキには、不思議でしかたありません(苦笑)

犬を怖がるヒトに、犬がほえるように、ムシがキライなヒトに、ムシは寄っていきますね(笑)
ハチも、そうみたいですね。
炭酸ガスに、反応するんでしょうか?

犬は、人間側の警戒心に、反応しているふしがありますね。


仙台の七夕も
今日でおしまいです。
JR駅にバス路線が、集中しているため、老人は友人の見舞いにも出れませんでした。

後半、つきもの雨に、やや祟られたものの、お土産品の売れ行きは、盛んだったようで、良かったです。

一般市民の日常生活が、戻ってくれて、ホッとしてます。
今年は、いつまでも梅雨が明けない機構でしたが、七夕が終われば、仙台はまっすぐに秋に向かいます。

気持ちだけがあせって、手足がついていきません(苦笑)

歳はとりたくないものです(泣)


ちょっと面白い体験をしました
今、友禅で松島を描いているのですが、今回、松島のスケッチを、何枚描いたでしょう。

普段、花とか、魚とか、ネコとか。
まあ、それなりに、他人にも「それ」とわかる形になっていたので、「一応、良いか」と思っていたのですが。

今回、いよいよ決定の輪郭(友禅は、手順として、輪郭が先行して、中の色を、あとで埋める「塗り絵」方式なので、日本画というか、浮世絵というか、平面の積み重ねで、画面が構成される原理なのです)を決める段階で、いきなりいままで見てきた島の輪郭が、一気に眼前に現れ始めました。
で、あとは、そのなかから、線を選ぶだけという状態でした。
こうなると技術は、後から付いてくる感じで、勝手に筆が走ってました(笑)

もちろん今までも、線を決定するためには、いろいろな準備をしてきたのですが、ここまでリアルなイメージが、勝手に浮かんでくることは、ありませんでした。

死んだ親父は、「オレは、90歳過ぎてから、絵がうまくなった」と笑ってました。
この「芸術家のボケ」状態の、彼が死んだ歳まで、あと30年あるのですが。

ワタシも、90歳すぎたら、上手になれるように、生きないとマズイすかね(苦笑)
というより、あと30年で、追いつけますかね?
30年というのは、案外に短い気もしますけど。

「長生きするのも、芸ののうち」とかいいまして、長生きすることが、多少なりとも芸につながらないと、それこそ可愛くない、「芸がない老人」になってしまいますね(笑)

もっとも高齢者には、「可愛くない、愛されない老人で、いてください」とかって、言い歩いてますので、芸ぐらいなかったら、ポイ捨てされそうだしね(爆)


一応、適齢期は、
女の子も、中学生まででしょうね。
>猫耳付きイヤフォン、サンコーが発売(+D LifeStyle - 08月08日 13:52)
ts_neko02.jpg ts_neko01.jpg
還暦過ぎたオジサン用に、「豆絞りの頬かぶり」型とか、販売されないかな。
丈の長さが鼻に下までで、警察無線が盗聴できるとなると、専門家向けの特注品になるんでしょうね。


  1. 2009/08/10(月) 00:00:46|
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今週のスクラップブック 08/03

古い話なんですが
東北最大の100万都市・仙台の、市役所の体質のひとつを示す事件なので、メモしておきます。
********
>文化学園大訴訟で「仲間割れ」 監査法人が仙台市非難 7月30日7時32分配信 河北新報
(以下全文)
 学校法人東北文化学園大(仙台市)の補助金不正受給事件で、仙台市民オンブズマンが新日本有限責任監査法人(東京)と同法人の元公認会計士に約7億8000万円を返還請求するよう市に求めた訴訟の控訴審で、監査法人側が「市の重過失が大学の暴走を許した」などと、市を非難する書面を仙台高裁に提出したことが29日、分かった。

 市も「補助金支出は適正だった」と反論する準備書面を提出し、一審では連携関係にあった市と監査法人側が「仲間割れ」した格好。8月3日に第1回口頭弁論が開かれる控訴審では、原告のオンブズマンと被告の市が監査法人側の責任論を展開する「共闘」もありそうだ。

 監査法人側は控訴理由書で、「市は『はじめに補助金ありき』の無責任な姿勢の下、強引、ずさんな手続きで補助金交付に踏み切った」と指摘。「市幹部が大学理事長と会食を重ねたり、市OBが大学の要職に就任したりするなど、癒着とも言える深い関係があった。市の重過失に比べれば、監査法人の過失など軽微にすぎない」と市を糾弾した。

 一方、市は準備書面で「監査法人側は大学の財務状況を市より深く、専門的に知りうる立場にあり、適正な監査を行う責任があった。大学と市との間に癒着はない」などと反論している。

 一審仙台地裁は4月、公認会計士が借入金残高確認依頼書の束を大学側に渡した上、架空の現物寄付だったスクールバスの自動車登録を確認しなかった点に過失があったと認定。市に全額の返還請求を命じ、補助参加人の監査法人側が控訴した。

 一審判決によると、大学側は開学時の1999年、負債を隠し、資産を水増しした会計書類とともに大学整備促進補助金の交付を市に申請。8億1000万円を不正受給した。市は不正発覚後の2004年に交付決定を取り消し、大学側が3100万円を返還した。
*****
一審判決では、仙台市は「善良な被害者」になったわけですが、この事件に絡んだ元副市長は、藤井市長の末期、次期市長の有力候補でしたが、「大学理事長と会食を重ねた」ことの責任をとって辞職し、梅原氏がピンチヒッターとして市長選に出る背景をうみ、今は「市役所幹部OB」として、外郭団体の理事になっているはず。

今回、控訴審で、監査法人側が「市の重過失が大学の暴走を許した」などと、仙台市を非難し始めたことで、「市の重過失」の実態が、少しでも明らかになることが、市民のためになると思います。

地元新聞も、仙台市側の関係者のコメントとかを集めるぐらいの、センスが欲しいところです。

裁判は、司法としての論理で決着がつくのでしょうが、市民としては、そうした補助金の使い方が、市役所の「官支配」の力の源泉として、どう働いたが知りたいわけです。

タクシー券問題は、そうした力行使の、粗雑な例にすぎないわけで、新しい奥山市長が、「信用回復」を謳うなら、こうした「不祥事」の仕組み解明も、重要なテーマなはず。

「全員与党」(今回選挙では、過半数が奥山支持)の市議会や、労組の支援を受けて当選した奥山氏に、何ができるのか?
ドブネズミ色のたたき上げ市役所官僚スタイルから、着るものだけ、選挙用に色あざやかにしただけでは、意味はないわけです。

奥山氏は、教育長時代、教員採用試験結果を、「慣習にしたがって」、公表直前に市会議員に知らせて減俸になったヒトです。

「信用回復」に、どこまで取り組めるのか、市民はジッと見ています。
******
意外に思ったのですが、近所のオバサンたちの、反エリート・反官僚(投票結果として反奥山)のムードは、思ったより強かったです。
もちろん彼女たちが、ワタシの日記を読んでいるとは思えません(苦笑)ので、やはり独自の庶民感覚なんでしょう。

地元新聞の、手前勝手にマスコミ力の世論操作力を発揮して、反・梅原の世論を盛り上げる一方、「争点なし」キャンペーンで権力迎合した姿勢への批判も、根強いようです。

奥山市政への批判的視線が、次の市長選挙で、どう花開くか?
4年間は、みんなが細かな事件を忘れるほど長いですが、「官支配」に対抗して「市民支配の担保」を確保する準備には、案外に短いです。

ワタシがいっているのは、好き嫌いや右だ左だという問題ではなく、こうした補助金暴走ヤ、タクシー券問題や、あいまいにされている市議会改革といった、官僚の身勝手な「馴れ合い市政」をチャックできるシステムが構築されることが、まず第一だろうと言っているのです。

こうした意見が、「一番過激だ」というのは、そのこと自体、おかしいでしょ(苦笑)
市の事業発注や補助金の恩恵を受けてない、「馴れ合い市政」の恩恵に浴さない、大多数の市民の感触が集約されるところ、当然、そうした結論になっていくはずなんです。

大学が補助金の恩恵を受けても、わが子がそれを享受できるのはせいぜい4年。
地下鉄東西線も、享受層は、ごく一部です。
そうした政策を、「仙台市の都市間競争戦略」と呼ぶことに、一般市民はやはり納得してないのです。

対立候補を、副市長に迎えるなり、本気で「信用回復」を考えるなら、やろうと思えば、出来ることは、奥山氏もいろいろあると思うんだけどなあ。

*****
>「奥山氏資質に疑問」 梅原仙台市長会見7月29日10時28分配信 河北新報
(以下全文)
 仙台市の梅原克彦市長は28日の定例記者会見で、仙台市長選で初当選した前副市長の奥山恵美子氏について、「教育長、副市長として市の仕事をしたが、これまでの仕事のやり方では市のトップとしての資質に大いに疑問がある」と語った。

 梅原市長は再選出馬を断念した後、「(市長選に立候補して落選した)前副市長の岩崎恵美子氏が最も市長にふさわしい」とコメントしていた。

 梅原市長は会見で、2005年の前回市長選で政党や市議から支援を受けたが、当選後は支援者の個別の要望に応じなかったと潔癖性を強調。「市長は市役所の利益を代弁する存在ではない。奥山氏が一部の市役所OBの牛耳る市役所ファミリーのかいらいとならないことを切に望む」と述べた。

 自分の市政運営にも触れ、「仕事、政策に関してかなりの成果を上げたと自負している。残念ながら、そのことが市民に理解されていない」と不満を漏らした。市幹部の一人は梅原市長の発言を聞き、「16万人が奥山氏に1票を投じたというのに。梅原市長は潔くない」と話した。
*****
このバカが口出すと、県立高校の男女別学問題と同じで、妥当な線で落ち着きそうなところが、かえってぶち壊してしまいます。
まともな「市政改革」の論理の展開は、まずはこの梅原を、江戸に返してからですね。

「水に落ちた犬は、叩け!」は、梅原が嫌いな中国のことわざでしたっけ?
現職市長だからガマンしてたけど、もう遠慮はいらないので、これ以上ウザイことするなら、梅原スキャンダルをもっと本気で出しますけど(苦笑)


秋の展示会むけに
今、松島を友禅でデザイン中です。

芸論は、家の芸としては、やらないことになっているのですが、若い芸術家の参考資料として、わたしの場合の、ひとつのデザインができるプロセスを、少しだけ。
まず中世「東の高野山」と呼ばれた、巡礼地としての松島の霊地性が、ストーリーのベースにあって、それを夏で描くか、秋で描くか、迷ってます。
デザインですから、あまり厳密な季節感は必要ないと思うのですが、見る方の多くが、季節を言い当てるので、ゴマカシがきかないのです(苦笑)

下書は、たまたま松島のお土産屋の息子が、一目見て「これが松島の松の枝ぶりです」と、絶句してたので、まあそこそこ下書まではできました。

ところが色作りになってですが、わたしはその日の温度というか、体感に影響されやすく、描きたい場面の風や温度を、自分のなかによみがえらせるのには、ちょっとした人格解離の技術が必要になります(笑)
逆に言えば、記憶にない潮の香りは、描けないわけです(苦笑)

ところが、先日、50年前の高校時代、毎日海で一緒にすごした仲間が4人集まって、新宿でビールした際、彼らのバカ話や笑顔を見ているうちに、忘れていたザラザラした潮風の感触がよみがえりました。
忘れないうちに、描きこまないとと、いま思ってます。
多分こうした作業の積み重ねが、脳挫傷の友人がわたしの絵をみたときの、脳細胞への刺激にも、いろいろ影響するのかもしれません。

わたしが知る限りでも、松島の島影を、宗教伽藍に描いた画家は、何人かいます。
ただ最近は、仏像でさえケバケバしいのがあって、シルクロードや教会を描けば、宗教的だとする安易な記号論は、大金を動かして、天使と悪魔で映画をつくるハリウッドなみの、デパート画商の弊害でしょうね。

わたしの下書きをみて、「鑑真渡海のイメージが浮かぶわね」といったのは85歳の大おばさまで、「神(かん)さびる」といったことばも、もう死語なのかもしれません。
目先のケバさや軽さが売りの現代芸は、人間を労働・消費の経済アトム化し、ビルド&スクラップで人間をリストラ螺旋に巻き込む世界観には、合うのでしょう。
そうしたなかで、その弊害から、逆に希求される「和の精神」とかは、どうしてもまだどこかイデオロギー的で、具体性がなく、勝ち組の独善的支配臭が漂います。
「和」の、しなやかさとしたたかさは、異文化との葛藤があって、その融合の過程で、一番力を発揮します。
精神性や宗教性というのは、やはり独善になると、思考停止なんです。

いろいろな側面で、記号化され、ID番号化されて、組織や陣営の兵士化されることが、「社会への貢献」と強制される現代社会のなかで、原初の五感というのか、生命感への目覚めというのか、気づきというのか。
それがひとつの、現代芸術への動機になっている気がします。

多くの新しい芸術は、そこにどのくらい切り込んでいるか?
つかみとって、帰ってきているか?
帰ってこないと、晩年のゴッホのように、往きっぱなしになって、会話が成立しないから(苦笑)

そのための方法論は、いろいろあります。

神の栄光に、「世の匠の技」が捧げられるのも、「匠の技」そのものが、「神の栄光」だから。
本当は、アルタミラの洞窟壁画時代に、すでに神は死でいたと思います。
死んでいたから、取り戻したい・見つけたいがあって、あの生命感あふれる描写に、見る者どころか、描いた者すら、「これは自分が描いたものではなくて、なにか神秘的な力が宿ったのだ」と、思ったはずです。

その「神宿り」の技法が、踊りだったり、音楽だったり、絵画だったり、なわけです。

多くは、日常的意識をはずした場面で、おとづれることが多いので、その法悦を手繰り寄せる技法が、魔法として、宗教儀式として、芸術論として、集約されていきます。
日本でも、和歌の世界などでは、たわいもない「口伝」が、「家の芸」として、数百年間、言い伝えられていて、応仁の乱での京都の混乱により、「地方分派」といいますが、本人たちは「失われた」意識が強いようです。
学生時代、ある古い家に歌学のことについて調べにいったとき、「この前の戦(いくさ=太平洋戦争ではなくて、応仁の乱です)からこっち、のうなったものが、多くございましてなあ」と言われて、あきれた思い出があります。

で、そのひとつの集約系が、日本では天皇家の祖先崇拝です。
*余談ですが、毎年の「歌会始め」は、「政(まつりごと)」が、歌という表現でなされた名残で、今で言えば、年度当初の首相演説みたいなものでしょ。ルールに縛られて、みなさん下手です(苦笑)

ムスリムたちのイスラーム社会でも、千年に及ぶ医者を家業とする家系があるそうです。
現代のサラリーマン化した医者と違って、かつて医術は、重要なシャーマンの技のひとつでした。
****
話に、枝葉が多いので、ここで言いたかったことに、戻ります。

わたしの場合、ある実感に自分をハメコムために、「人格の解離」を使うと書きました。
この方法は、弥生文化以前に8千年のアニミズム縄文文化を基調にもつ日本人には、日常的な仕掛けみたいです。

単純に言えば、一般庶民の芸能へのセンスが、かなり高いです。
現代でも、亭主が単細胞の企業人でも、女房が歌舞伎や宝塚過激に夢中だったり、ピアノや手芸やダンスや、文化教室は、満席です。

外国のシャーマンは、たとえば、部族の神経症やホモといった、異質体質に宿ることが多いですが、日本では、ちょっと繊細なら、ごく普通の男にも、ときどき現れますし、職人や学者や芸人世界では、システム的のそうした養育をした名残が、今でも残っています。

日本が世界に誇る?「オタク文化」というのも、そうしたモノへのこだわり・アニミズム的感情移入・造型という抽象化嗜好の発達から、さらに「現実と夢想が反転する」離人症的な詩的文化が、日本の伝統文化に強く残っているからでしょう。
さりげない子どもや若い男女で、プロ顔負けのイラストを描くヒトは、たくさんいますものね。

*悪口;政府は、第二国立美術館をたてて、こうした膨大な素人芸のゴミの発表の場を作りました。
数年先まで、予約でいっぱいだそうで、最近は数に押されて、プロの集団が、地方デパートに展示会場を移すという事態まで、おきてます。
しかしこうした層が、文化の膨大な支持層なわけで、ファンなくして芸は育たないので、悪口はこのへんでやめます。

*で、ここで、素人と玄人との違いですが、離人症的意識の転換を、意識的にできるかどうか?でないでしょうか。

子どもの絵に感銘を受けるのは、ストレートに「あっち」が出てくるからです。
しかし多くのチビ天才が、大成できないのは、大人になると、その往ったり復たりが、いろいろな理由から、ムズカシクなるからです。

それだけに、若い芸術家は、自分なりの「往復のキップ」というのか、「現実化と夢幻化の往復方法」を、つかみとる必要があるでしょう。
挫折の多くは、その失敗であるように思います。
苦し紛れに、過激な体験やクスリや酒に頼るヒトもいるくらいです。

だからそのつかみ方のコツが、「家の芸」の秘密みたいです。
歌舞伎とかの世襲芸能家では、そうした呼吸が、子どものころから、見聞きできる幸運があります。
たまたまですが、友禅の師匠の娘が、長唄の人間国宝の息子の嫁なのですが、その娘の小学4年生の男の子が、3歳のころから、三味線の音ひとつで、むこうにいってしまいます。
この少年は、こうした解離現象の素質があるため、学校の教師やカウンセラーといった年上の女性を、ひきつけてしまいます(笑)

経験的にも一概に、誘発された大人が悪いともいえない(一人を排除しても、次が出てくる)ため、大枠だけ母親には「こうしたことが、あるかもしれないですよ」と注意して、彼のこまかな事象については、わたしが「男同士という絆」で管理しています。
悲惨な体験を放置して、天才児を育てるか、サラッと流して、凡庸な人間国宝(彼の親父は、これです)をつくるか?
「菅原道真は、学者としては3代目で大成したヒトなんです」
とだけ、教えておきました。

この少年を、わたしにどうにかできる話でもなく、少年の資質が決めることでしょう。
もしできることがあれば、余計な枝葉を整えるチャンスがあれば、ラッキーという程度でしょう。

やっとまとめると(笑)、今何を表現するかは、いやおうなしに自分が出るので、その過不足をとやかく言ってもしかたないんじゃないかと思うです。
浅いなら浅いなりに、それを突き詰める勇気が、若さじゃないかと思います。
だって、それをしないと、前にはいかなし、黙ってても、歳はとるんだから、そっちは時間に任せてよいのですは(笑)
時には、バカになることも、大事なんです(笑)

逆に人格的資質で、いくつになっても歳をとらない、浅いヒトがいます。
これも芸のうちですが、案外本人はつらいみたい(苦笑)

*いろいろ書いたけど、今ピンとこないものは、シカトしてよいです。
「一時一事」といいまして、ひとつのときに、ひとつしか、人間は覚えらんないからです。
(切りがないから、一応、今回はおしまい)

  1. 2009/08/03(月) 09:00:00|
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カウンタ

プロフィール

元・学園長

Author: 元・学園長


ここを執筆する 元・学園長 ですが、還暦はとうにすぎているのに、最近、江戸 手描き友禅 の修行もはじめました。

ここの絵は、当時小学4年生の男の子が描いてくれた絵です。
下手な写真よりも、はるかに元・学園長の特徴をつかんだ、観察力と表現力なので、今でも大切にしています。

はじめての方は、引越しソバ代わりのおみやげもありますので、下記をご覧ください。
引越しのご挨拶

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