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あかつき 事件簿

学園長の 身辺報告や雑感を 週刊誌風にまとめたものです

今週のスクラップ・ブック 8/25

*「解離」現象の周辺を、ちとさぐってます。ちとお待ちください。

TVと連動して、
麻生氏を次期総裁候補として、新聞もかきたてて、繰り返し国民を洗脳していくシカケがはじまりましたね。
>森氏、番組で「次は麻生」発言 (mixi毎日jp - 08月17日 20:11)
政策も論理性も倫理性も、ハナからどうでもよいわけです。

ただただ、マスコミへの露出頻度による、「印象」の積み重ね。

幼稚園児に、ポケモン見せているのと同じ。
で、世論調査して、「誰がすき?」と聞けば、お口をそろえて、「あのヒト!」「他に、いない!」

他の名前を、スリコミしてないんだから、他は答えようがない。
どこかの**学会と同じで、出来ることは、「そろって拍手」だけ。

シンキロウをパシリに使って、策士気取りのやつが、いるってことです。
で、それでまた日銭を稼ぐのが、マスコミなのよね。

アメリカの東アジア支店・日本株式会社
の職業政治家たちは、仲間内だけの、クラブ内派閥のちょっとの色の違いだけで、国民不在の政治を、まだまだ続けるつもりですなあ。
>甘利氏「麻生氏待望」の第一声 (mixi毎日jp - 08月18日 23:32)
女衒のバアさんのような、「次は、あっち」「今度は、あっち」と、リーダー交代の予想予言ショーも、国民の目先を変えてゴマカスためだけの、寸劇ショー。

マスコミも、すっかり銭で飼いならされて、ワンパターンのニュースを数だけ流して、そうしたショーのチョウチンもって、国民の目を集めては、小遣い稼いでる。

オウム真理教への若者たちの傾斜も、日本の現状を「アメリカの属国」と解説解釈したのが、ひとつのきっかけでした。
事件・事象の背景を、きちんと構造的に説明しないマスコミやジャーナリズムが、若者のたちを悪夢に追いやったようなものです。

しかしその後、小泉元首相時代の、広告会社に丸投げされたタウンミーティングは、そうしたマスコミ談合システムが田舎まで浸透してて、はじめて出来た政治ショー。

週刊誌によれば、最近の小泉元首相は、ボーリングしたり、何時間もカラオケしたり、マスコミと機嫌よく交歓会だそうです。
この「太鼓持ちとお大尽」、どっちも互いに相手を軽蔑している顔が、目に見えるよう。

いいさ、なんでも「3」をつけて、みんなでアホになってれば、怖くないもの。

閉塞感って、
こうした状況のなかで、起きる事件のたびに感じる無力感の蓄積ですなあ。

ニートの論客が、「戦争でも起きないか」といってから、すでに1年半。

あの後、状況は変わりましたかね?

自爆テロはおろか、石すら飛ばない「平和ボケ」に、老い先短い老人は、ブツブツいうしかないのですが、、、。

スズメの涙程度の退職金もらって、見かけの「安心」をもらったかに見える、高度経済成長に企業戦士としてその身をささげた前期高齢者たちも、ガソリンや食糧価格の高騰を目の前にすれば、自分たちも内心は将来に不安をかかえてしまいます。

まともにマジメに働いてきた老人で、優雅な資産運用で、悠々自適に暮らせる預貯金を保有できるヒトは、何人いるんでしょうかね?

高齢者医療や福祉の縮小のなかで、空ろな目をして、時にキレてみせる孫世代に不安を感じながらも、「戦争に駆り出されなかっただけ、よかった」と、思えということなんでしょうかね。

「誰が悪い・彼が悪い」と、ブツブツいっても、それを実現するすべもなく、すでに体力・知力の上で、リタイア・コースに足を入れている老人にも、苛立ちはあるんですよ。

ハケンが
危険な仕事や3K仕事が、派遣にまわされて、しかもろくな安全教育もされないまま、事故報告すらされてこなかった事情が垣間見えてきます。
>派遣労働者、労災が3年で9倍 (mixi毎日jp - 08月21日 02:31)
学校で、起きる不登校が、事象を起こしやすい資質が子どもにあるとしても、ガッコに、「解離」を起こしやすい環境があるとは、感じてました。

今更ながらですが、「引きこもり」にも、また、「解離」が起きやすい環境が、職場にあることが、浮き彫りになりました。

アキバ事件の犯人が、「派遣社員」であったことが、大きな社会的反響を呼んだのは、「正社員家族主義」から阻害されたパートや派遣社員が、安全教育だけでなく、精神的に孤立していることへの、社会的な反応だったわけです。

もちろんワタシの現役時代でも、こうした現象は、いくらでもころがっていたのですが、ウツ病の増加が、一流企業の生産性の足を引っ張るほどでは、ありませんでした。

ワタシなどは、3K仕事を渡り歩いてきて、その都度、「使い捨てシステム」と戦ってきましたが、そうした職場でも、飯場のタコ部屋なみではありましたが、最低限度の個別認知と、相互支援のシステムはありました。

そうした隠された社会資本すらも消耗しつくしたのが、ネオリベラリズムの市場原理優先・功利主義ということですね。

われわれ還暦超え組は、リストラと称して、部下の首切りを命じられて、それを最後の仕事にして、今、自分も重役になれずにクビを切られて、空ろな目をして、街を彷徨ってます。

「たまには、飲もうよ」と声かけられて、内心「お前とは、飲めない」と心を閉ざすワタシは、偏狭なのでしょうか。

そうした昔、一流企業のエリートが30人集まっても、「何かがおかしい」といえるヤツは、一人見つかれば良い世界です。

「あいつは、成仏してない」というのは、第一の定年退職をしながら、まだ昔の「虚栄・栄光」を引きずっている手合いを、表現した言葉です。

「昔の名刺を振りかざしていると、町内会や老人ホームでは、モテないよ。ああしたところでは、棚を簡単に吊ってくれる大工さんとか、おいしいサカナを手にいれやすい魚屋とか八百屋のジイさんが、モテるんだよ」と教えてあげても、まだ信じられない手合いです(苦笑)

反省を込めて、われわれ大人の心に起きていた「解離」こそが、今の社会の「解離」の淵源だったのです。

これは、回顧原理主義でも、市場原理主義でも、システム原理主義でも、解決も解消もできない、精神の闇です。

しっかり、
具体的な後追いの記事も、モノにして、キャンペーン張ってほしいなあ。
>「地デジ」で太る総務官僚OBたち (mixiゲンダイネット - 08月21日 10:00)
これだけでオシマイでは、かえって反発くらいますよん。

文部官僚の、大学への天下りと同様に、ネタには困らないはずだし。

なんのための、
情報封印?
><国会図書館>米兵裁判権資料、閲覧禁止…法務省要請受け(mixi毎日jp - 08月21日 21:51)
地位協定の中身を云々する前に、法務省が国民の目から情報を隠すことに、どんな意図があるのだろう。
現実を隠したままで、[日米同盟・国際貢献]という主張で、今時、暴力団でもやらない、強引な権威主義だけが、国民に押し付けられて、結局、国民は思考停止にさせられる。

情報公開した上で、事情を説明することが、そんなに都合悪いのかなあ?

この前まで毎日WaiWaiが、日本人を侮辱した自虐ジョークを、長い長い期間にわたって、海外に宣伝してきたことと、どこかでつながっているのかしら?

国会図書館は、法務省に頼まれたからって、弁解してるみたいだけど、法務省は、外務省に頼まれたからって弁解するのかしら?
で、外務省は、前から首相に言われたっていうのかな?
で、今の首相は、「聞いてないよ」とか、昔の首相たちは、「前から、お友達のアメリカ大統領に、言われたから」って(爆)

バシリやらされてる子どもが、「みんなが、やれって言うから」と弁解しているみたい。
やたら「良い子」に育てられたイジメられっ子の意思薄弱さは、「エッチネタが、喜ばれたから・書いたのは外人だったから」と同じで、「何でも他人のセイ」にする無責任顔した、超狭い世界での姑息な自己保身。

で、最も、使われやすいのが、ダレかの名前をもちだす権威主義。
これも一種の、人格分離の解離現象ですな。

「視聴率」でも、「読者が喜ぶ」でも、「外人だから」でも、「アメリカは同盟国だから」でも、権威主義は、自己保身に使えるものなら、何でも使う。

でもそれって、
結局は、自分を追い詰めちゃう。
父親刺した15歳の川口の少女は、「気を遣って、対人関係に疲れた」とか、いってなかった?

「世間では」とか「みんなに笑われる」とかって、見えない権威を使って、「周囲の都合にだけ合わせる」「大人に都合の良い子」を育てると、こうなるのよ。

木っ端役人やガッコのセンセとかには、一見「お行儀がよいけど、何も考えてない」というのが、たくさんいる。
ガッコでも、センセがこゆう育ちしてるから、漠然とした「見えない世間への怒り」を内に秘めていて、平気でこうしたシツケや体罰を子どもにして、やたら子どもをイジケさせたり、逆に一度、反発の味を覚えさせると、一気に学級崩壊やモンスター・ペアレントやクレマー市民続出という事態になる。

で、先生自身や役人も、自分が疲れて、痴漢したり、逆に反発して「何しても良いや」みたいになって、汚職したりしている。

毎日WaiWaiの外人記者も、うるさくいわれて、反発して、あんなセクハラ記事を海外に流してたかもね。

どれも、周囲4,5人ほどが「みんな=社会」になってしまう、超狭い「お仲間民主主義」の世界での圧力か、それへの反発か、でしか生きてない。

しかも、自分では「良い子にしているから、それで良いつもり」らしいけど、当然、狭い目からは見えない社会や世界があるから、まわりがイライラしたり、迷惑したりするんだよね(苦笑)

ワイン片手の福田ムニャムニャ・ジイさんの、「国民の目線政策」を、国民が「何も見えてない」って感じてしまうのは、その解離なんだなあ。
で、そうゆう「無力感」「閉塞感」って、「ボディーブロウ効果」になって、周囲にも感染するから、怖いんだよね。

ムニャムニャ・ジイさんも、麻生ヘラヘラ閣下も、結局、こうした狭い世界で生きてるから、見ているうちに、疲れてしまうだわなあ。
 
「国内需要を、
いかに伸ばすか」は、日本の資本主義の、戦前からの悲願でしたが、実現したことはありませんでした。
>タンス預金 家庭で眠る30兆円  07年日銀推計(mixi毎日jp - 08月22日 18:51)
20年ほど前に、国内生産の10分の1を占める財閥系で仕事をしたことがあって、そのとき言われたのも、「タンス預金をねらえ!」でした。

しかし今でも、仮に「成人一人あたり」で計算すると、タンス預金は30万円にもならようで、一度、病気にでもなれば、あっと間に消える額です。
一時は、「世界一の金持ち」とかいいながら、「その日暮らしの長屋生活」は、変わらないということですね(苦笑)

誰が悪い、政治が悪いということの以前に、もともと、落語的でノーテンキな国民性なのかもしれません。

スイスなどでは、どんな田舎の片隅でも、主婦が立派な宝石を身に着けてます。
永世中立国が持つ国民皆兵の防衛組織だけでなく、自己防衛意識が、生活のなかにしみこんでいて、長い宗教戦争も含めた、抗争の歴史の重みを感じます。

一方、「大東亜共栄権」とか言いながら、西欧列強がひと儲けしたあとに、あわててまねして、麻薬を資金源に侵略するような、チンピラじみた姑息なことしか思いつかなかった旧陸軍の戦略的貧困さは、もともと侵略とか、植民地経営とかは、日本人には向いてないってことでしょう(苦笑)

今、国内では、中学生が障害者をイジメて小遣いをかせぎして、「貧者が弱者をそこなう」しかない日本の現状です。
この事件の衝撃は、少年の心の貧しさ以上に、日本の暗い未来を、ひとびとに予感させたことです。

ところで、いきなりですが、光とモノと歓声に沸く北京の「鳥の巣」が、「西風を東風が圧倒する」兆しにみえますか?

左右、善悪、理非曲直、膨大な民衆の絶叫を飲み込んで、「無量無辺」としか表現できない中国の歴史の、甚大な人的浪費を前に、日本の片隅で、ささかな「平和の時代」を生きた自分の、ヒトも殺さず殺されもせずに還暦を超えた幸運と貧しさを、ふと思った次第でした。

厚生省は
来年度から、ネットカフェ難民の支援に1億円、「引きこもり」支援に5億円の予算を付ける計画とか。

ネットカフェ難民は、月額15万円の支援金が出るそうで、一方「引きこもり」は、100万人で割ると、一人当たり500円。
この違いは、なんですかね?

もともとお金を付ければ良いという問題でもないですが、なにもしないよりは良いわけで、中身の充実を、見守りたいと思います。
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  1. 2008/08/25(月) 00:00:00|
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今週のスクラップ・ブック 8/18

仙台のお盆は、小雨続きです。
で、今週は、少し話題にとりあげられはじめた「解離」の、さまざまな状況に、話を進めたかったのですが、ちと忙しかったので、気になったポイントだけ、列記しておきます。

小麦がまた値上がりだそうです。
■輸入小麦価格20%アップへ、昨年4月以来4回連続値上げ (mixi読売新聞 - 08月11日 03:02)

昭和30年代。慶応医学部教授が、「米を食うとバカになる」という「米食低脳論」という、今時のTVの「やらせ」ワイドショーみたいなホラ話で、ベストセラー本を出したそうです。

で、ときあたかも、政府は「栄養改善運動」なるもので、バスを改造したキッチンカーを走らせ、日本国内2万か所で、欧米風メニューの料理講習会をひらきました。
その費用負担は、アメリカ。
条件は、「小麦と大豆を使うこと」だったとか。

かくして、日本人の食生活は、急速な変化をとげ、病気まで糖尿病や高血圧といった生活習慣病の欧米化。(鈴木猛夫「アメリカ小麦戦略と日本人の食生活」)

こうゆう情報は、どうして今まで、ひろく国民に知らされなかったのでしょうか?

戦後すぐに育ったわれわれは、白いDDT殺虫剤を頭からふりかけられましたが、まだまだそうした仕掛けは、「戦後」という時代の中で、われわれの身体のなかに、いくつも埋めこまれているのでしょうなあ。

小泉元首相時代の、安倍幹事長が音頭をとった、「やらせタウン・ミーティング」手法は、もともとアメリカの植民地支配の成功例だったわけです。

やっと、国会では、学校給食法が改正されて、「失われた食育」を取り戻すチャンスがきました。

「アメリカでは、パンを常食する子どもの半分は、成績が平均以下だ」という古いジョークがありますが、「米食低脳論」は、タチの悪いジョークでした。
小麦無しでは、もはや生きていけなくなった日本人です。

今更、売国奴を探せとはいいませんが、せめて食糧自給率の確保が、国益であることぐらい理解できる政治家が、育ってほしいです。

ちなみにこの博士と連携した「頭脳パン」は、関東学生生協では、まだ販売しているそうです。

教育関係のニュースでは、
3つほど、気になったニュースがありました。

その1
文科省は強力指導を=不正採用でアピール-教育再生懇(mixi時事通信社 - 08月11日 19:01)

>政府の教育再生懇談会(座長・安西祐一郎慶応義塾塾長)は11日、大分県での教員採用汚職事件を受け、全国の教育委員会と文部科学省へのアピールを発表。
というのですが、これは遅いと思ってたら、

その2
文部科学省は、「靖国参拝を認める」と、教育委員会に通達したそうです。
<全日本教職員組合>文科省の「学校行事で靖国」に批判声明<8月11日21時0分配信 毎日新聞  毎日jp配信>
(この記事、mixiでは、1日で削除されました。本体記事よりも、つたない日本語だったことは確かですが、情報操作と断定して良いでしょうね)

で、この時期に、わざわざこうした文書を、教育委員会に出す文部科学省って、KYなんだか、戦略なんだか、よくわかりません。

考えて見たら、文部行政の高級官僚って、もっとウラシマさんしているんだよね。

ガッコでは、子ども不在の「指導体制の整合性」だけに気を遣ってるし、教育委員会は、文部科学省のこうした指示命令に振り回されるてるし。

しかも、法務省は、日米地位協定に関わる資料は、隠したがるし、
>「米兵事件資料を一転非公開 法務省要請受け国会図書館」
 米兵が起こした事件の処理について、重要事件以外では事実上の裁判権放棄を指示した1953年の通達を掲載した法務省資料をめぐり、同省が5月下旬に「米国との信頼関係に支障を及ぼす恐れがある」として、所蔵する国会図書館に閲覧禁止を要請、6月上旬に図書館の目録から資料が削除されていたことが11日、分かった。 <2008/08/12 02:05 【共同通信】>
*なぜか、mixiニュースでは、これはどこも、とりあげてない。
mixiに集まる善男善女の話題には、ふさわしくないのかしら?

で、この約束は、今でも有効だから、隠すんでしょ?

それでいて、文部科学省は、昭和天皇がイヤがってた靖国参拝を、修学旅行コースに推薦してくれるし。

なんて、拝むのか、マニュアルはあるのかな?
「お蔭さまで、一応、平和ですけど、終戦後63年たってますが、まだ占領時代は、続いてます」って、報告させるのかな?

「夏休み、アメリカ兵が運転する車には、たとえ私用に見えても、近づくな」って、文書を出したほうが、よほど現実的で「国益」にかなうんでないかい?

その3
そしたら
■政府の規制改革会議、教員の採用・人事に「目安箱」設置
(mixi読売新聞 - 08月11日 03:02)
だそうです。

規則改革会議の「教育目安箱」は、
「教育目安箱」
です。

「教員の採用・処遇における公正性・透明性を高める目安箱」としして、「教育に「?」と思ったことはありませんか、情報・ご意見をぜひお寄せください。」だそうです。

「お知恵拝借」と、下手に出てきてるけど、11日の教育再生懇談会のアッピールに、文部科学省がどう対応するのか知りませんが、そこで出てくる方針と、この規則改革委員会がとりまとめた意見とは、どうゆう関係になるのか?

いまだ、教育委員会から2回目(1回目は、7月30日大分県もふくめて全国一斉に、「不正なし」との報告を出してます)の事情聴取を進めている文部科学省には、「北朝鮮拉致問題の再調査約束」と同じで、迅速な調査は期待できないという予断で、規則改革会議は動き始めたのでしょうか?

こうした、まだ政府対応が1本化してない、紆余曲折ありそうな状況のなかで、1ヶ月の期間限定は、はじめから「うちもやりました」との、組織独特の姑息な思いつきによる、「アリバイ作り」にも、みえてきますね。

まあ、それでも、結果集計されて公表(約束はされてませんね)されて、「国民会議」的な議論に進展すれば、それはそれで、OKとは思いますが。
そうなったらそうなったで、小泉元首相時代みたいに、莫大な金遣って広告会社に丸投げして、マスコミに小遣い与えてウハウハ喜ばせた、タウンミーティングみたいにされそうだし。

いろいろな猥雑な要因で、なかなかまともな議論が進まないのが、現代先進国家の民主主義の問題点なわけです。

*********
さて、この3つのニュース。
ざっと一覧しただけで、文部科学省が、実質的に機能不全に陥っていることがわかります。
国会が休会中ということで、文部省批判がないのでしょうか。
それとも、教育への関心なんて、所詮は、「神国日本」とかいってる、アナログ政治家のオモチャなんでしょうか?

「民主主義の学校」といわれた地方自治の改革は、地方分権とともに、「教育委員会の透明性と改革」を、柱にすえたところが、「活性化」するはずです。

まあ、近代100年の間に、すっかり従順にされた日本人ですから、あまり期待は、してないのですが。

大分県では、
「大分県教委への批判・提言、2か月弱で1000件超す」(mixi読売新聞 - 08月11日 22:40)
だそうです。
大分市内にお住まいの方の日記によれば、市内は驚くような数の街宣車が、走り回っているとか。
(mixiの良さは、いろいろな事件で、マスコミ情報にはない、現場近辺の臨場感ある情報が、見れることです)
大分県は、教職員の組合加入率が、高いことでも有名ですが、ワイロ昇進の噂がある教師の家の前は、とりわけ街宣車の音は、うるさいでしょうね(苦笑)

今回の大分県の事件は、文部行政の疲弊が、教員制度の疲労という形で出てきたということでしょう。
戦後60年、政府・官僚主導で、ずうっと国づくりをすすめてきたので、新しいシステムや考え方の導入が、決定的におくれてしまったのです。

県に「なんとかしてくれ」と殺到する1000件の苦情も、盗人に盗み方を教えているようなもので、「傾向と対策」をつくらせて、「ガス抜き」に使われるだけでしょう。

そこまで、闘うすべをもがれて、依頼心だけを肥大させられたのが、今の国民・県民です。
「文句言ってやった!」で、安心する庶民の「優しさ」は、哀しいだけで、民主政治ではないです。

そして、それすら言えないクスブリが、全国13万人の不登校児と100万人の引きこもり です。

これからは、個別な地域や企業や家族や「自分自身の問題」として、ネットを組んで、「地域の自立」として、活力を燃やさないといけない時代にきてますね。

しかし
いつ流れが変わるのか、まだ見えません。
ただ挫折感・閉塞感には慣れてますので、根気良く、いろいろなところで、「火を付け・毒撒きゲリラ」して回ろうと思ってます。

ワタシにとっては、mixiも「火付けゴッコ」の一環です。

ご老人から、青年から、若い主婦や派遣さんや学生さんや、元暴走族風の兄さんや、アキバのミルクちゃんや、現在「引きこもり中」やら。
なかには、通り魔一歩手前の、明らかに妄想オジサンやお兄さんまで。
ここ1,2か月で出会えた、さまざまなヒトたちと、いろいろな情報や妄想を交換できる楽しさは、限界はありますが、やはり楽しいです♪

やっぱmixiは、ニュース供給側の、記事のたどたどしい日本語や、情報操作のあり方とか、一方、ニュース消費者側の、自分も含めて、無知ゆえに妄想を膨らませる、脊髄反応的で、自己愛的ながらも素朴な、おもに30代以下の読者の反応とかは、まさに現代の縮図です。

マスコミ・リテラシーの、ひとつのサンプルであることは、確かです。

そのうち、居酒屋風とかで、モンスター・ペアレント養成講座でも、ひらきましょうかね(爆)

  1. 2008/08/18(月) 00:00:00|
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命の軽さ

まず8月6日、
平和教育で、大分県内の小中学校は登校日だったそうです。
そこで大分県では、教育長名の謝罪文が、中学生と小学1年生~6年生まで全学年共通ながら「ふりがなはなし」で、A4版(ふつうガッコって、B版でなかった?)のわら半紙に輪転機で印刷されて、各組一人一枚ずつ配られたんだとか。

以下、学校で配られた謝罪文書全文は、日本教育史に残るめずらしい文書なので、転載します。

*********
大分県内小・中学校生徒の皆さんへ

 新しい学年・学級で、先生と皆さんが一緒になって勉強や運動に頑張っていた一学期に、大分県教育委員会で働く職員や学校の校長先生・教頭先生が逮捕されるという事件が起きました。皆さんやご家族の信頼を裏切ることになりましたことを、大分県教育行政の責任者として深くお詫び申し上げます。

 学校は、皆さんが安心して学習したり、遊んだりして、将来に向けて、のびのびと成長するところです。その学校で、皆さんを教え導くべき先生が、社会のルールを破り、警察に逮捕されたのです。しかし、学校の先生であれ、悪いことをした人は、必ず罰せられなければなりません。これもまた、社会のルールです。

 この事件で、皆さんの心は大変傷つけられたことでしょう。そして、夏休みに入った今も、テレビニュースや新聞などで報道され、不安に思っている人もいるでしょう。
 しかし、学校の先生方は、皆さんのことを一番大事に思い、皆さんがすくすくと立派に成長することをいつも願っています。このことだけは、しっかり胸にきざんでください。そして、私ども県教育委員会も、皆さんを思う気持ちは学校の先生方と全く同じです。わたしは、昨年の5月に教育長になってから、常に「子どもを中心に据えて」考え、行動して教育を進めていかなければならないことを、全職員に強調してきました。

今、私は、皆さんの不安や心配を取り除き、安心できるようにすることが、大変、大事なことだと思います。一刻も早く事実関係や背景を調査究明し、二度とこのようなことが起こらないよう、大分県の教育を良くすることを皆さんに約束します。そして、1日も早く皆さんが、安心して登校し、楽しく友達や先生たちと勉強したり、遊んだりできるように全力を尽くします。

 暑い夏は、まだまだ続きます。元気に、夏休みを過ごし、楽しい思い出を作ってください。
                             平成20年8月6日
                             大分県教育委員会
                             教育長 小矢 文則
*****
騒ぎが起こって6月以来、校長からは、なんの説明もなく、これがはじめての説明だったとか。

しかし表題は、「大分県内小・中学校生徒の皆さんへ」とありますが、ふり仮名はなく、長文で、最初から子どもに読ませるつもりはなく、教室では文書を配っただけなそうで、明らかに保護者むけの、県庁役人からの「政治的文書」です。

子どもへの謝罪文の形をかりて、教育長が、「ボク潔白で、教育熱心ですから、事後処理の責任者しますので、保護者のみなさん、よろしく」ということでしょう。

恐らくですが、県民の間では、事後処理の責任者としての現教育長に、「みんな怪しいのに、教育長に、改革のリードを取る資格はあるのか?」という疑問が、出ているのかもしれません。
だから教育長は、「自分は去年5月に就任していて(だから不正採用には無関係だ?)、子ども中心を強調してきた」と、空虚な弁解をしています。
(この「子ども中心」の言葉は、60年前にも、ワタシは、当時の校長の口から聞いたおぼえがあります。子ども心にも、「虚しい言葉だなあ・ウソいってるなあ」と感じてました)

*そんなに自信が無いなら、手間が大変でも、住民投票で信任投票すればよかったのにね。それも自信なかったかな?

で、
「一刻も早く事実関係や背景を調査究明し、二度とこのようなことが起こらないよう、大分県の教育を良くすることを皆さんに約束します」
と書いてますが、その具体的なことは、なにも書いてありません。
子ども相手なのか、大人相手なのか、文書の目的も見えないので、結局、「子どもだまし」という言葉が浮かびまいますね。

これに対して、
大分市内の小学校長は、
「(採用が取り消されるかもと)疑心暗鬼の先生たちは、何と言って子どもたちに渡せばいいのか。配慮が欲しかった」
という反応してます。

さらに、矢野哲郎被告(52)の長女が辞職した小学校では、その校長は、
「先生は仕事を続けると皆さんに迷惑をかけると、退職を決められました」
と説明したそうです。
■教育長が児童・生徒9万8700人に謝罪文を配布
(mixi読売新聞 - 08月06日 20:39)
「資格がない者が、辞めた」だけで、偉そうな辞表や、「おためごかし」の体裁をつくろうことは、必要ないはずです。

つまり、教育長以下、こそこそ税金ドロボウまで、それぞれの立場で、「子ども中心」を口にしながら、意味不明の言葉を撒き散らして、結局、「自分中心の体裁のつくろい」にしか、関心がないってことです。
60年前から、このガッコの自己チューな欺瞞ブリは、変わってないです。


聞くところでによれば、最近は謝罪記者会見をプロデュースする企業があるそうなので、素人がいろいろイジラないで、一括してしてお願いしたらどうかしら?

少なくとも、業者なら、謝罪文としても、こんな意味不明・目的不明の、体裁すらなしてないものは、出さないでしょ。
これでは、「果たして自浄能力があるのか?」まで、疑われかねません。

せめて、次回の子どもに提出する経過報告文書から、民間委託ですな!
一度、頼ってしまったら、依存症になると思うけど(爆)

また裏サイトで自殺です
北海道の商工高校で、ネットに中傷書き込みした高2の男子生徒が、停学処分の後に自殺したそうです。
(mixi毎日新聞 - 08月07日 12:31)
サイトの書き込みは、複数の生徒をイニシャルで示して、「死ね」などと中傷する内容だったとか。
で、生徒指導担当の男性教諭ら計6人が、男子生徒から2時間50分にわたり事情を聴き、生徒は「軽はずみに書き込んでしまった」と事実を認め、停学処分を受けて夕方、学校に呼ばれた母親とともに帰宅。同日の夜、首をつって自殺を図ったというのです。

ところが、 生徒の父親が7日、記者会見し、生徒が書き残した、学校側から停学中に書くように指示された反省文の下書きには、聴取の際に教諭たちから、「お前の罪は重い。死ね」「バカか」「アホか」と言われ、「おれって先生たちにも信用なかったんだな」と傷ついた心境がつづられ、「停学は重すぎる」「ケジメをつけるために死のうと思う」と訴えているというのです。

校長は、書き置きの内容について
「そんなことを言うはずがない。職員の対応に問題はなかった」
と否定してますが、父親は学校側への不信感をあらわにしているようです。

ネット仲間社会と、リアルな生活圏を、混同している世界です。

しかも本人は、ゴミを捨てるように、軽い気持ちで「死ね」と書いておいて、軽い気持ちで、自分も消したかのようです。
まるでコーラをやめて、ポカリにするみたいに、すべてが軽いノリで、すぎていく世界?
いろいろお金かけて、親は観光地につれていってくれたけど、結局、どこ行っても、同じなんだよね、 みたいな。

その生命感のリアリティーの、軽さが、怖いです。

なぜ、そうなるの? と、老人は思うわけです。

「だれでもよかった」と、ヒトが殺せる生命感・存在感って、スイッチ次第では、「ウザイなあ・メンドイなあ」で、ふと自分にも向くんでしょうか?

こうした子どもが生きている世界が見えてないと、教師は、不用意な一言で、簡単に自殺されたり、刺されたり、事件を起こされたりします。

これはもう、教育的とかいう以前の問題です。

親も、「偏差値が、高ければ良いことだ」とか「お金持ちなら、しあわせなはずだ」とか、「一流大学、一流企業じゃないと、ヒトではない」とか。
存在感の無い、人為的にゴミがないディズニーランド的な空虚な世界観で生きていると、子どもはモロくなるような気がします。

ネットにも、携帯電話にも、ディズニーランドにも、ゲームにも、偏差値にも、罪はありません。
所詮は、包丁やナイフと同じ、道具ですから。

「お母さんは、美味しいものをたくさんつくってくれた」
「お父さんは、いろいろなところに連れて行ってくれた」
という、小学校高学年でも、幼児的な自己中心的「快」原則にいて、親を自分の「快」のための道具にしている子どもは、きわめて幼児的衝動性を発揮します。
たまたま成績が良いと、親は喜びますから、もっと危険です。

道具に振り回されるのではなく、遣いこなす存在感を、どう子どもに育てるかが、ムズカシイです。

教師も、道徳を理解できない精神に、道徳を説いても、通じません。
教師は説教しているときは、良い気持ちでしょうが、相手が「理解してない」のなら、「説教するだけ、無駄」だし、現に「説教された苦痛」から、「逆恨み」すら買います。

ムズカシクとも、急いで組み立てないと、こうやって子どもたちは、ボロボロと死んでいきます。

痛ましい話です。

もうひとつ痛ましい話
就寝中の父刺殺 中3家裁送致
(mixi毎日新聞jp - 08月08日 13:21)

まずこの記事が、恐ろしく簡潔で、「父親を殺害した」という送致事実と、「家裁に送致した」ということだけで、記者名を2名署名しながら、 たった4行です。
ふつうの新聞やTVが、結構、あつかっているのに、このmixiの取り扱いは、犯行予告とか模倣犯を警戒したんでしょうかね?
今更、急に、なぜ? と思うわけです。

他の記事をみていると、相変わらず警察はベラベラしゃべっているようなので、毎日jpの対応のようです。
毎日jpには、ネットからの脊髄反応を誘発するような不用意な記事内容について、ワタシもヒマがあると、何度も文句書いてますので、まさかですが、反省しているのかもです。
実は、毎日の2人の記者は、単に記者会見に欠席しただけだったりして(爆)

教師痴漢記事は、相変わらず、毎日jpに限らず、mixiでは減ってます。
痴漢は、いろいろな職業にわたって存在しているということが、改めてよくわかりました(苦笑)

ところで、
最終的な少女の動機は、
「人の顔色を見ながら、友達に嫌われないように生きていくのに疲れた。事件の数週間前からすべてを終わりにしたいと考えていた」
「成績のことで怒られると、自分も両親も嫌な気持ちを持ったまま死ぬことになると思った」
(mixi読売新聞 - 08月07日 21:48)

という線で、警察発表はまとまったようです。

またまた「世間」や「まわり」や「空気」という、目に見えない敵に、つぶされたってことですね。
「良い子」するのに疲れて、キレた ってこと?
「周囲への気遣い」だけを要求されたり、「子どもにオンブ型の親がワガママ」だったりが育てる、「優等生の長女のクタビレ型」というのは、不登校児では古典的なパターンだけど、それが父親殺しにつながるかな?
これが本当の動機なら、日本中の約13万人の不登校児を抱えた家庭の親は、「いつでも・だれでも」刺されてもおかしくないってことになりますね。

「自分ひとりの自殺」でなくて、「親にイヤな思いをさせたくない」がきっかけの、「親子心中」。
事業に失敗した親父が、残された子どもが不憫と、幼子の首を絞めるのと、同じパターン?

しかも家族皆殺しは、数週間前から、少女は考えていたということです。
で、この犯行も、「力の強い父親から、やらないと、止められる」と、冷静に犯行手順を考えています。
父親の就眠中に、致命傷をねらっている点では、殺そうとして、殺してる。

まるで、何度も頭のなかで、シミュレーションしてから、実行しているみたい。
昼間は、父親・弟と買い物に出かけ、夕方は父親と一緒に仲良しを演じてカレーの野菜切りながら、「この包丁で、どうすれば、確実に殺せるか?」を、彼女は何度もおさらいしてたのかな?

どっちにしても、「息苦しいほどに、追い詰め」られて、「理想の家族像」を演じながら、自分はいつも遠くにいて、親父を殺しても、まだ家族に気を遣うだけの「家族思い」の「世界」に、彼女は閉じ込められてた、ということのようです。

人格が分割されて、押し付けられてきた「世間」や「空気」への、幼稚な赤ん坊の反発や癇癪が、噴出した ってことでしょうか。
精神鑑定では、どんな診断が出るかなあ。
専門家は、「隠れ統合失調症」「軽度の精神遅滞」「反応的に精神病状態」「突然の妄想着想」とならべそうです。

ただそれでは、「健康なヒトって、いるのか?」って、ことにもなりかねませんが、この人格の分割により、「解離状態」というのが、この「希薄な生命感」の原因じゃないかしら?

「解離」というのは、本を読むのに夢中になって他に気がつかないとか、おしゃべりしながら車を運転するとか、だれにでも日常的に起きる現象です。

100点の答案だけ親に見せて、0点の答案を机に隠す子どもも、この解離状態にいいます。
この少女は、悪い成績表を隠す代わりに、親そのものを殺したわけです。

試験の朝、頭が痛くなったり、悪い成績が残る学校に火をつけるとかいう空想は、子どもなら誰でも浮かべることですが、たいがいはハラがへったり、遊び疲れたりで、すぐに忘れてしまいます。

少女の謝罪
時事通信(2008/08/02-22:55)は、
>「お父さんを殺してごめんなさい」と泣きながら話し、謝罪の言葉を口にした。
(2008/08/02-22:55)
と報じています。

でも、この子は、誰に謝ったんだろ?
「お父さんを殺して」だから、詫びてる相手は、父親ではないかも。
母親? 弟? 
最後まで、「理想家族」の中にいるわけ?
だから、「理想形」がこわれかけたので、壊したくなったのかな?

家族のなかに、ゴミあるのはイヤだったから、ゴミを捨てるように、家族を殺した?

それとも、毎日「ごめんね・ごめんね」を言いあってた、周囲のお友だち?
「親を殺して、学校の評判をよごして、ごめんね」 かな?
そこまで、この子の社会意識は、広がってない気がしますね。

初期の供述で、母と弟を悲しませないために、「お父さんが家族を殺す夢をみて、父親を殺した」といっていたように、この子にとっては、「謝罪するべき社会は家族」だけだったような気がします。

で、小学校の卒業文集には、6年のときの体育祭の思い出として、
「背中渡り」という競技について、練習ではいつも4位だったのが、本番では2位になれたうれしさをつづり、最後に「はじまる前、4位だろうと思った自分が少し恥ずかしかった」とした上で、「やっぱりあきらめないでよかったと思った」と締めくくっています。
時事通信(2008/07/20-00:46)

この時期から、「順位」へのコダワリがあるようで、この子にとっては、学校は、「競争相手の敵の集団」だったかもしれません。

しかし、警察の捜査は、これで終了なのです。

あいかわらず、この「謝罪の言葉」がないと、警察もマスコミも裁判官も国民も、気持ちが、「一件落着」にならないのかな?
警察は、これをいわせないと、「捜査が、おわった」とは、認めないみたいですね。

この「反省を求める世間」が、彼女を追い詰めたのにね。

「親を殴りながら、親に甘える」
のが、日本の「ひきこもり」とすると、この図式は、広い意味では、ありえるのかなと思います。

潜在的に「一元的な価値観だけを押し付けられた暴君政治」のなかで起きた、「世間」とか「まわり」とか「空気」とか、具体的な人格がない、自分を追い詰めた目に見えないものを相手に、気を遣って疲れた、「突発性の家庭内暴力」?

以上が、
マスコミ情報から構成した、15歳の少女と警察が、共同で描いた事件の図式です。
ありえる図式ではあるけど、彼女の自他が混同する思考パターンは、多分、親譲りだろうから、この少女は、警察にシナリオに自分を合わせることも、できる子です。
それだけに、他にまだ隠された図式も、あるのかもしれません。

ゴミを捨てるように、家族の命も自分の命も、簡単に取り扱える希薄な生命感とは別に、例えば「家族を殺して、自分も死ぬ」というセリフが、最近の15歳の少女の口から、出てきたことが驚ききです。
原典はしりませんが、これは「家制度」の価値観で、家族制度のなかで、子どもを私物化する家父長的な親子心中の論理で、「お前を殺して、オレも死ぬ」は、昔気質の親が、放蕩息子を説教するのに使った脅し文句です。
今時、TVでも、マンガでも、出てこないでしょう。

この発想を15歳の少女は、どこから得たのでしょうか?

TA(交流分析)では、「幼児決断」といって、人生経験が少ない6,7歳の幼児が、何かのショックで、「自分はこう生きる!」と、非現実な人生哲学を持つ現象を、報告しています。

引きこもりなどでは、かなり大きな成人でも、こうした非現実な決断や断定で、自分の人生の行動範囲を制限している例は、良く見かけます。

普通の大人でも、「今さら、自分は変えられない」とか、「酒無くて、何が人生だ」とか言って、ワガママを押し通したり、不健康な生活を送ったりしているのと、同じです。

要は、その自分イメージの縛りが、「狭いか、広いか、強いか、弱いか」、「そうした非現実な信念が、現実に照らして修整できるか」が、行動の柔軟性につながってきます。

むかし、小学4年生の女の子が、母親がいつもノロマな中1の兄に「急ぎなさい!」って叱っているのを横から聞いて、「何でも急げ!」と思い込んで、苦しんでいました。
彼女は、夏休みの絵日記1か月分を、朝の3時までかかって、1日で書き上げたことから、この「急げ病」がワタシに見つけられました。
事情を知った母親から、「急がなくてよいよ」といわれた瞬間、この「午前3時の紫式部」とあだ名がついた少女の頬は、バラ色を取り戻しました。
それほどその子には、「急がなくちゃ!」は、心をさいなむ呪文だったのです。

なんであれ、「親を悲しませるな!」という禁止令は、「親を殺す」ほど強く、彼女を縛り付けていたようです。

こうした現象は、茶髪の高校生や暴走族などでも、極端に強く偏狭な価値観に苦しめている例があり、そうした呪縛からの開放として、暴走や性的逸脱が現れることがあります。

しかし、この親子心中的論理は、やはり親か、祖父母世代から、伝えられたものでしょう。

この少女についてのマスコミ情報には、そうした情報はありませんが、年寄りに育てられた子に、こうした昔気質が、奇妙に埋め込まれている例は、よくあります。

1938年の「津山30人殺し」の犯人(22歳)は、パラノイアがかった祖母に育てられて、不登校傾向を見せる一方、「自分だけは特別」みたいな、幼稚な万能感や異様に高い自尊心をみせています。

前にリークされた捜査途上の報道には、mixiコメントの多くが、近親姦を予想してました。
常識的には、そうした予想に落ち着くのでしょうが、それがあっても、無くても、同じ位の脅威・影響を子どもに与える、親の介入があるということは、確かです。

実際、ここだけの話、暴力が露わで日常的な継続性がない場合、近親姦の方が、精神的被害が少ない場合すらありますから。

なお、こうした感想を、mixiに細切れに出しているうちに、ある方から、
>地域での家族の孤立化や核家族化、似非個人主義化が進む中で価値観は単一化され、親と同化することが子供に求められているように思います。

との、鋭い指摘をもらいました。

安倍元首相は、懐古原理主義の「美しい国」づくりのなかで、「女性は家庭に帰れ」みたいなことをいっていて、ネオリベラリズムの新しい危険は、感じていました。

殺された父親は、製薬会社勤務で、自分の趣味で家を飾るヒトだったようです。
格差社会の進行とともに、この家族では、そうした家族原理主義的な価値観が、「家族神話」(家族ぐるみで信じている迷信で、例えば「女は運動神経が弱い」とか、「お父さんは強い」とかいう、非現実な信念)になっていたかもしれません。

さて、
今週話題に取り上げた、最初の大分県教育長の謝罪文と、若者の自死と親殺しですが。

共通しているのは、自分中心の「自己愛性の病理」です。

大人の自己チュー病理が、若者の自己愛の解離を呼んで、「生命感の希薄さ」と、「自他の命の軽さ」を生んでいる構図が、ワタシには見えてきます。

ところが実は、この、「生命感の希薄さ」と、「自他の命の軽さ」というのは、近代芸術のもともとエネルギーの根底をなしているんです。

文芸などでは、病歴と作品を比較追跡する病跡学で、いくつか名作がありますが、絵画のような造形分野では、造形化された作品を言語化しにくいこともあってか、作家の特異なエピソードは逸話化されていても、あまり研究は進んでません。

一般論として、音楽家などは、その特異な個性が、伝説化されることがありますが、関係者内部で興味本位に語られる程度です。
まして、絵画などの造形家では、そのエピソードは、ほとんど表に出ていません。

うちの親父は絵描きでしたが、絵を取ったら、発達障害の人格障害者で、「自己愛構造体の病理」が洋服を着て生きているようなヒトでした。
しかし彼は、その「生命感の希薄さ」と、「自他の命の軽さ」を、執拗な自己治療で、重厚な作品にして残しました。
「絵に描いた餅」とはよくいったもので、「実物の餅」よりも餅らしく、「餅を描く」力こそ、親父の芸でした。
この原理は、三島由紀夫の幻想芸術に、近いと思っています。

で、何が言いたいかというと、「芸術情操教育」というのは、「軽い命」対策としては、再度良く検討されるべきだろうということです。
ただ親父も含めて、多くの芸術家は、自分自身の人格に危ない部分をもってますので、それが子どもを指導するとなると、それなりの危険があります。

文句ばかり
書いてますので、教育政策についての、誇大妄想じみた対案を出しておきます。

モデルは、ソ連の崩壊を眼前にしたフィンランドがとった、低学年からとことん「自分の思考力」を鍛えさせる論理療法的教育です。
この教育法の最大の利点は、教育する教師の、思考的なアイマイサをも鍛えなおせることです。

優秀な教師は、子どもから多くを学びます。
現行の「知識伝達主体」の教育体系で、しかも学級経営すらろくな訓練もしていない自己チューな教師任せでは、子どもは「忍耐力」だけが試されるだけに終わります。

そうした状況の中で、「先生は偉いから」とか、「世間に笑われる」からとか、「空気を読め」とか、実体の無い「集団管理のための権威主義」のなかで、自己責任だけが要求されるシステムこそが、子どもの危機につながっているように思えます。

「敗戦」を「終戦」と呼んだり、アメリカの核の傘に生きる「準州」ながら、「同盟国」とか、「神国」とかって、ごまかしている現状が、すべての元凶なのかもしれませんが、「今、そこにある危機」は、目先の姑息なつくろいでは、難しくなってます。

国民資本主義国家として、道州制の地方分権とともに、教育制度も、時間をかけて基本から考えなおす必要があるでしょうね。

10年後、関東州より、九州州の子どもが、優秀でハツラツとしていたら、どっと民族移動と親の単身赴任がはじまるかも。
今、韓国では、アメリカに留学した子どもに母が付いていって、亭主は韓国で単身で、生活費を稼いでいる家族が出てきているとか。

「子どもに目がいきとどいている教育国」として、日本が、世界中から子どもを受け入れるような教育制度は、つくれないんでしょうかね?

低賃金で人手不足になった介護制度に、「研修」と称して、インドネシアから安い労働力を導入するような姑息な方法ではなくて。
カンボジア難民だったある学生は、「日本の技術はスキだけど、日本人はキライ」と、言ってましたがね。
ネオリベラリズムの「改革」への傾斜のなかで、国内でさえ、「正社員の、厳しいノルマ・超長時間労働・サービス残業・低賃金・過労・心の病」が、特に20代から30代にひろがっているなかで、「研修」と称する安い外国の労働力供給が、日本人嫌いを、アジアに広げなければ良いけど。

幕末までの日本は、「子どもを大切にする国」として、ヨーロッパからは驚かれた国なんですけどね。

「13万人の不登校・100万人の引きこもり」では、わざわざ外国から、子どもを日本に留学させたいとは、思うヒトもいないでしょうね。

ワタシが知っている例外は、アメリカは州によって不登校は親権を剥奪されるので、不登校児の娘と母が、日本に疎開してきた例を知ってます。

喜んで良いのか、悲しむべきなのか。

第一、不登校児対策を、外貨獲得産業にするには、日本の学校は、制度疲労が進みすぎてます。

*なお今週は、給食の食器を洗わずに返した小学4年の女児(9)を、たたくなどの体罰をして不登校にさせた、エコ虐待の教師の記事もあったのですが、これは前々からの体罰撲滅キャンペーンとして、「子どもに持たせる携帯電話の意味」とともに、いずれまたまとめます。

  1. 2008/08/11(月) 00:00:00|
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ネオリベラリズムの幻想

*ここのところ、mixiニュースからの引用が増えてますが、直接mixiにつながらない方は、引用記事は、一応、信頼しておいてください。もともと携帯電話で読める程度の短い記事でして、資料批判は、まだボケてないはずですので(笑)

大分県の23歳の辞任した女性教師ですが、
体育実技の試験は、診断書を提出して、受験せず、
「本来なら30点満点で0点だが、二十数点にかさ上げされたという。総合得点もさらに水増しされ、合格圏内に入ったとみられる。県警は点数改ざんの中でも特に悪質な事例とみて、元県教委参事の江藤勝由被告(52)=収賄罪で起訴、懲戒免職=を追及し、点数改ざんの全容解明を進めている。

関係者によると、この受験者は贈賄罪で起訴された元県教委参事、矢野哲郎被告(52)夫婦の長女=23日に辞職=で、診断書を提出して受けなかったという。
(中略)
県教委によると、長女は佐伯市内の小学校に勤務していたが、辞職にあたり「自分がまったく(不正について)知らなかったとはいえ、責任の一端を感じる」などと話していたという。関係者によると、長女は体育実技も含め、点数の改ざんは知らなかったという。」
というのです。
<大分教員採用汚職 1科目「0点」でも合格 矢野被告長女>
(mixi毎日新聞 - 07月29日 02:41)

彼女は、「教師だった母親のようになりたかった」と、保護者の前で泣いたり、辞表に「事態の沈静化を求める」 とか「信頼回復」のために、「責任の一端を認める」とかって、書いてた女性教師です。

辞表を受け取った教育委員会は、わざわざ記者会見を開いて、「涙」と「神妙」を強調してましたっけ。
<採用汚職 涙ぬぐい教諭を退職 > (mixi毎日新聞 - 07月24日 10:51)>

先週は、この辞表と記者会見を、教育委員会演出の、「茶番」と見たのですが、この「23歳」も、なかなかの役者みたいですね。

どっちでも良いけど、先週この女教師を「進退が立派だ」と評価したヒトは、全国にかなりの数いました。
「どこかウソっぽい」に気づかなかった方たちの「不明」を、笑うつもりはありません。

ただそうしたオジサンたちの「信頼したい幻想」を、食い物にした「23歳」は、やはり教師よりも、もっとふさわしい仕事についたら、結構、売れっ子になるかもです。
もうスカウトから、引き合いが来てるかも。

で、口利きですが、
<■教員採用での口利き・連絡、27都道県の議員が「ある」>
(mixi読売新聞 - 07月30日 03:04)

>「かつては補欠合格だった人が県議の口添えで本採用になったこともあった。それはそれで良かったのではないか。しゃくし定規すぎると人材の流出にもなりかねない」(宮城県議)という本音も聞かれた。

だそうです。

宮城県には、まだワタシ税金払ってますから、「不正をしてまでも、どんな人材を集めてる」のかも、県議会議長に仲介させて、問いただすつもりです。
返答によっては、落選運動ですね。
オンブズマンに苦情言おうと思ったら、オンブズマンって行政サービスへの苦情だけで、議会はあつかわないんですね。
で、行政だからと、この話を教育委員会に持っていっても、「知りません」って、言われて、おしまいでしょうからね。

そうそう
mixiニュースに、「教師の痴漢記事が多い」。
池袋では、1日5,6人が痴漢でつかまっているのに、教師だけをニュースにするのは、「職業差別だ」って、文句つけたら、3名の方から、「かばっている」って、焦点のズレた文句が書き込まれました。
まあ、特にイヤガラセまでには行かなかったので、放置してます。

で、ここ数日、「教師痴漢ニュース」が、mixiに出てきません。
夏休みだから、教師は外に出なくなったのか?
mixiが、どうでも良い芸能ニュースに、シフトの焦点をかえたのか?

しかし他の破廉恥犯罪の記事は出てますが、教師の同類記事に群がる「非難・たたき」が、ほとんど見えません(笑)
まあないとは思いますが、mixiの営業を、妨害したかもです(苦笑)

キャスターの不倫騒動もそうですが、**モンタのレベルの「見当ハズレの憤慨」には、教師の起こした事件は、格好の素材になってます。
「モラル以前に退行した精神」に、「モラルの欠如を非難する」立場は、「国民から考える力を奪う」マスゴミの弊害のひとつです。
こうした安易な「自己愛型憤慨」をあおるネット社会というのは、かなり危険です。

小泉元首相への支持は、社会的にはめぐまれない若者層をも取り込んだといわれています。
コイズミ改革で、一番追い詰められた若者たちの「改革幻想」を、思考停止の脊髄反射レベルに追い込んで、食い物にしたヤツがいたんですね。
今度の麻生幹事長は、アキバでのオタク人気にご満悦みたいですが、ネットの反応は、少し醒めているようですけど。

それにしても、
芸能ニュースに群がる膨大な数の若いひとたちのコメントをみていると、「幻想共同体」としての「ネット社会」というのは、「自己愛構造体の一つの構成要素」になってます。

むかしでいう井戸端会議というかウワサ話のネット版なのですが、この「世界の反応」が、「社会生活のすべて」になっている精神が存在しています。

そうしたヒトにとって、ネット仲間とからの無視や批判は、生死に関わる問題なようです。
ワタシなんかには、「所詮ヴァーチャルじゃん」とか思うのですが、これが「リアルな現実」になっているヒトは、結構、存在します。

**モンタが、TVで「納豆」といえば、スーパーから納豆が消える時代です。

前にも書きましたが、携帯電話で、部屋で自分が動く物音を、友人に中継する女子中学生がいるとか。
大人にも、いるんです、こうしたヒトが。
弱い自我を、こうした新兵器を使って、支えているわけです。

逆に言えば、程度は違っても、学校裏サイトで自殺に追い込まれる自我と、構造は同じです。
毎度あげる1938年の「津山30人殺し」の犯人も、アキバ事件の犯人も、マスコミでの華々しい取り上げられることに、「自己の回復」をはかっています。

しかし、だから
「子どもに携帯を持たせるな」という老人ヒステリーは、文明開化のころ、「蒸気機関車を村に入れるな!」と叫んだヒトたちと同じです。

自分たちのネットリテラシー(ネット情報の検討)力に自信がないから、「子どもも無いに違いない」と、不安になっているだけです。

昔、時刻表にない蒸気機関車が、夜中に村を走り抜ける村があったそうです。
煌々としたヘッドライトで、闇をきりひらき、汽笛の音もいさましく、夜な夜な村を駆け抜けていく列車の音に、夜なべ仕事しながら村人は、顔を見合わせながら、息をひそめていたそうです。
あるとき、本物の臨時列車が、反対側から、村を走りぬけたことがあったそうです。
もちろん昔のことで、線路は単線なのですが、蒸気機関車のヘッドライトは、互いを照らしあい、警笛を鳴らしあいながら2つの列車は、村の中央ですれ違ったそうです。
翌朝はやく、村人は、線路の中央に、大きなタヌキが死んでいるのを見つけたそうです。

文明開化が、古い民俗伝説を押しつぶした話として、ワタシには興味深い話なんですけど。

で、「子どもに携帯を持たせるな」「通り魔事件は、ゲームのせい」「親殺しは、ヒグラシのせい」と、魔女狩りに気勢をあげている老人は、このタヌキですね。
理解しているようで、理解してなから、結局、踏みつぶされちゃう。
どうせ先に死ぬから、イヤガラセしているのかな?

で、こうした猥雑な社会現象を
「解離性人格」というキーワードで説明するヒトたちが、最近、出てきました。
見た目、変化の激しい現代社会を、とりわけネオリベラリズムの「小さい政府論・市場原理優先」風潮への、「説明と抵抗」と説明しています。

この論調は、ワタシの立場に近いものですが、「解離性病理」と「そこからの離脱」を考えようとするワタシには、少し食い足りない議論ですし、政策論ともつながる広範なものなので、少し慎重に検討している最中です。

彼らの論調を端的に言えば、大量消費社会のなかで、人々の精神が、その都度の喜怒哀楽の情動ごとに断片化し、それがネオリベラリズムの基調のなかで、毎日、株価を追うだけの生活に追い込まれ、長期展望では思考停止し、政治・文化行動にも、解離現象が起きているという主張です。

確かに、教育の荒廃、政治の貧困、福祉・医療の崩壊、高齢化の進行、ジャーナリズムのマスゴミ化のなかで、大衆の離人症的な解離性も進行しています。

そうした現象に、都市政策もふくめた、教育、医療、福祉といった政策面で、展望を模索することは、避けることのできない現代的な課題です。

21世紀的課題として、まだ議論がはじまったばかりの世界ながら、ノンビリもしていられない問題なので、ワタシが知見している限りからの、議論の輪郭だけはおいかけておくつもりです。
  1. 2008/08/04(月) 00:00:00|
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カウンタ

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元・学園長

Author: 元・学園長


ここを執筆する 元・学園長 ですが、還暦はとうにすぎているのに、最近、江戸 手描き友禅 の修行もはじめました。

ここの絵は、当時小学4年生の男の子が描いてくれた絵です。
下手な写真よりも、はるかに元・学園長の特徴をつかんだ、観察力と表現力なので、今でも大切にしています。

はじめての方は、引越しソバ代わりのおみやげもありますので、下記をご覧ください。
引越しのご挨拶

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