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あかつき 事件簿

学園長の 身辺報告や雑感を 週刊誌風にまとめたものです

近ごろ思うこと

なにやら、
いたるところで、イライラがつのってます。
長い暑い夏に、なるのでしょうか?

このうっとうしさは、今までの積み重ねでしょうが、アキバ事件への、「オタクだ」、「派遣だ」、「教育ママ」だと、もっともらしい説明をしても、そうした説明自体が、かえって反発を招いて、犯行をふやしているかのようです。

中身も、退行現象の犯行予告は、一説ではすでに300件にのぼっているとかで、なかには深刻な模倣犯まで出てきてました。
ところが警察庁は、取締りを強化して、どんどん公表する方針だとか。

親の関心を引くために、「無視されるよりは、叱られる方がマシ」と、イタヅラを繰り返す子どものような手合いの心理ゲームに、警察までがみすみすノッて、アホ芸人とならんで、「どれほどアホか?競争」が、TVのワイドショーを独占しているのも、なんとも奇妙な光景です。
「数字が出てくると、教室中がアホになって、授業にならない」と、小学校低学年の教師が嘆いてました(笑)

しかし、警察庁は、あまり実害がないこうした犯行予告を、神経症的に取り締まることで、警察国家への傾斜を強めようという魂胆でしょうか?
どうも実際は、単にふりまわされているだけに、見えるんですけど。

一方、マスコミも、記者クラブで配られるコピーをもとに、もっともらしい色ツケで、安易に書き直すだけで記事が稼げるのですから、おいしい仕事でしょう。
堂々と会社の名前まで名乗った、幼稚なネット・ニュースを読んでいると、マスコミもまた、社員教育力を失っていることが、マザマザと見えてきます。

その結果、実際、「最近、青少年の殺人は、ふえてますねえ!」と、かなり専門的な立場の方もつぶやくほどで、「統計では、殺人も、少年の凶悪犯罪も、減ってます!」と、いたるところで、力説して歩いてます。
TVへの露出度が、政治の流れを変える世相ですから、これだけ犯人たちの希望通り、ワイドショーや新聞が騒げば、わざわざ統計資料まであたらない方は、「青少年の犯罪がふえている」と思うのは当然です。

社会に渦巻く妄想とメルトダウン風景を、いろいろな切り口で暴露したのが、アキバ事件が残した、大きな社会遺産でしょうか?

時あたかも
サブプライム問題で過剰になった流通資金が、世界的な石油バブルを引き起こしています。

保証金10%の先物市場での、実際の需要を無視した資金の流れが、穀物価格にも連鎖して、世界の庶民生活を圧迫しています。
しかしNYの投機家たちは、「株価の高騰を止めるものはない」と言っています。

主義主張が違うだけで、殺しあえるのが人間です。
儲けるためには、庶民生活の窮状は、無視されて当然なわけなのです。
「さびしい」というだけの理由で、ヒトを殺す若者が出てきても、おかしくはないということでしょう。

もともとサムプライムローンの仕掛けも、航空工学が専門だった経済学者が考えだした、「飛行機が落ちない墜落リスク分散の航空工学」の応用だとか。
世界で唯一の超大国アメリカが君臨する世界は、今やアメリカ発のこんな単純なバブルの論理に、世界中が簡単に汚染されてしまうわけです。

古くはオランダのチューリップ・バブルから始まって、資本主義は、ときどき熱病のようなバブル発作を起こします。
日本でも土地バブルを経験し、日本の銀行だって、苦労したはずなんですが、懲りてませんねえ、、。
学習効果を残せるほどの「苦労」ではなかった、ってことですね。

「リスクの分散」というのは、
「誰がリスクをもっているか、わからなくしているのが、コツなんだ」と、原案者はシャアシャアと言い放ってましたね。
最後にリスクをつかんだのが、「負け」というのが、昔から変わらない、「バブル景気」のルールでしょう!
ただこの発案者はもっと巧妙にリスク隠しをしてしまって、結局、世界中に、リスクをばら撒いてしまったわけです。

「もともと低所得の階層が家を持てる、すばらしいアイディアだったんだ。運用が悪るかっただけだ」と、いまだに弁解するヒトもいますが、どんなに速く高く飛べる飛行機だって、いつかは地上に降りるのですけど。
こうしたホラ話も、マスコミが絡まなければ、ここまでは広がらなかったとも思うし。

で、$安に連動して、天文学的数字の$が石油の先物投資に注ぎこまれ、実際の需給関係価格の2倍弱にまで上がっている、今、進行中の原油バブルがはじけたら、世界恐慌かしら?
振り返れば、20世紀の2つの世界戦争は、今から考えればスケールは小さいですが、植民地争奪戦に端を発した、当時の国家資本主義同志の、いわば「軍備拡張競争バブル」の結末でした。

まあ、欲というのは、尽きないものなのでしょうが、小ざかしい知恵もまた、尽きないようです。
世界の資金が流入するドバイでは、もともと持ち主のいない砂漠に値段がついて、次のバブルを膨らませてます。
ありあまるお金が、使い道を求めて、ロンドンでは、絵や金とかに流れていきます。

いつの世も、こうした「小ざかしさ」が、物事の出発点なんでしょうね。
サブプライムローン問題は、新自由主義経済のあだ花なのか、本質なのか?
なんであれその結末は、「凡夫愚婦」が、安心して生涯をまっとうできなければ、どれほどの意味もないはずなんだけど。

こう見てくると、新自由主義経済というのは、資本家の都合にあわせて国民市場と国民精神を改造する政策で、政治権力はその番頭として、天然資源や人間資源も含めて、そうした編成原理に参加するように、国民に自己責任を押し付ける装置として、機能しはじめてますね。

そして官僚も、マスコミも、こぞってそうした、政治家にむらがっている。
だって最近、墓穴を掘った高級官僚やジャーナリズムは、みなそうした路線の雑兵として働いて、功をあせってボロを出してます。

小ざかしいといえば
朝日の「死に神」とともに、毎日の「長年にわたる品格を欠く英字新聞記事」が、「マスゴミ問題」として批難を浴びてます。

アキバ事件関連記事でも、ずいぶんとレベルの低い記事に驚きましたが、言論への信用を商品にしている商売で、こうした自分の首を絞める事態を、「実害が無い」と言い張る、「言いっぱなしマスコミ」特有の夜郎自大な無神経さは、もはやマスコミが、「チンピラのブログ」なみの、「倫理観を喪失し、現実感覚を失った、妄想」レベルにいることをしめしています。
まあこうしたジャーナリズムの体質は、実は、戦前、国民を戦争にあおりたてた時代からのことで、今にはじまったことでは、ないのですけど(苦笑)

ともかく今回、Mainichi Daily News の WaiWaiコーナーは、一種の「社会的集団セクハラ」事件の様相を見せて、2chの奥様族から批判を浴びてます。
メタタグという検索に引っかかりやすいHPのキーワードに、「hentai」とまで忍ばせる小細工など、外国人からのヒット数を稼げば良いという意図が、露骨に見えてます。
書いた外人記者も記者ですが、9年前から続いていたことといい、挙句にこの監督責任者は、社長に昇格したというのですから、株主もまた、この営業方針を認めていたということでしょう。
低俗なタブロイド紙のまねまでして、ヒット数さえ稼げば良いという、会社ぐるみの組織的な行動です。
「記者は3か月停職。役員は、役員報酬返却」との処分が、どれほどの反発を呼ぶか?
これで幕ひきになるのか、まだまだくすぶるのか?

たまたまそうした記事のひとつにされた女性マンガ家が、毎日に問い合わせたところ、「ブログには書くな」と、相手はまんまとハラスメント言動になったとか(爆)
J-CASTニュース

「こうゆうマッチョ気取りは、イジッてると、勝手に向こうからボロ出すから、しなやかに、したたかにね♪」って、応援メール送ったら、「皆さんには、そこがわかって、もらえない」って、笑ってました。

同業他社のネットに残る痕跡は、現在、次々と削除されてますが、同業他社にも類が及ばない限り、事態を沈静化させたいのが、業界の本音でしょう。

近年、「なにやらの品格」とかいう題名の本が、いろいろ出てますが、ごめんなさい、こんないかがわしい題名の本は、1冊も買おうと思いません。
読まないで批判するのは、失礼とは思いますが、書いている本人も尊大妄想の夢の中なら、読むヒトたちも、「バカ」になりたいだけなんでしょう。
業界にとっては、おとなしくコントロールされてくれる「お客さま」こそが、「最高の客」なはずだから(笑)

もうひとつ
34年にわたり三星(サムスン)に在職する期間中、日本駐在だけでも20年、残りの期間も日本に関連した業務を遂行し、韓国きっての日本専門家に挙げられる鄭明(チョン・ジュンミョン、64)前サムスンジャパン社長へのインタヴー記事が、面白かった。
「日本のうわべだけ見て学ぶものはないと?」(mixiニュース:中央日報 - 06月19日 15:27)

彼いわく、
「日本社会がどれだけ緻密で、少しずつ動いているかを、その中身を見極めることができなければならない。日本は政治家、官僚、経営者、ジャーナリスト、学者が、レーダーに探知されないステルス機のような形で独特な複合体を構成し、国を動かしている」

これには、ワタシも同感!
で、やはりワタシは、還暦もすぎて、いまだに異邦人(爆)

でも、これこそ、ワタシがいう「統一民族幻想共同体」。
支配階級が、全体としての「談合共同体」システムを、つくりあげている感じです。
代表が、2世3世政治家や、高級官僚の天下りや、中央官僚出身の知事とか、でしょう。

このステルス軍団が、「優しい若者」や「後期高齢者」や「地方」や、上に見た「品性」とか「品格」とかを、どんどん追い詰めいている。
だから、地方大学でも、個性的な学者はいなくなり、さらに人文系学者が、どんどん駆逐されている。

ネオリベラリズムが、急速に日本に広がったのは、恐らく近代軍国主義が育てた、中央集権的権威主義が、そのまま草の根的に戦後も生き延びて、今のポピュリズム政治につながったからでしょう。
権威の源泉は、戦前は軍隊で、戦後は与党と官僚が握ったバラマキ予算で、55年体制と、高度経済成長というのは、その体制で育った「企業と企業戦士」たちの、最大の成果だったはずです。
そして一貫して、「品格のないマスコミ」が、その「用心棒」というところでしょう。

政権与党が国民の信頼を失いながら、野党第一党に、なかなか政権奪還の兆しがみえないのは、ポピュリズム政治の波に乗り切れてないからです。
実際、TVに出ている時間数は、小沢民主党党首よりも、福田首相の方が、現役の強みで、はるかに多いです。
国民の支持率というのは、なんだかんだといっても、その程度だということです。

で、この腐臭を放つ日本株式会社・談合ステルス軍団の、実態をあぶりだすビーム光線を、草の根レベルからどう開発するかが、この事件簿のもともとの出発点だったし、また以後10年の模索だったのですが、この不毛な闘いは、まだまだ続きますね(苦笑)



ところで、最近mixiで、友だちになった若いヒトたちも、やはりどこか「変」(笑)
今時、ネットとはいえ、自分の言葉で、モノを書こうというヒトは、「変」でないと、できないことらしい。

大学時代の
部活の同窓会に出席してきました。
40年近い時間をへて、みなさん基本の個性は、少しもブレがありません(笑)
これだけの時間を経ると、ほかのつながりでは、それなりにいろいろ起きてくるものですが、さすがに座標軸にユルギがないところが、うれしいです。

古いお仲間ですので率直に言えば、決して器用なヒトたちでもないし、マスコミの目につくような華々しい業績を出すタイプのヒトたちでもありません。
しかし学生時代の個性を、時流に流されることなく、40年後にも失わずにいるくらいの、良い意味での「ガンコさ」を、保ちつづける素質と運に恵まれたヒトたちです。

主要メンバーの多くが学校の先生退職者で、担当した生徒たちも、多くはめぐまれた生徒たちだったようですが、それでも、「地域の教育力」を、このヒトたちが、公私ともに身をもって支えていたことを、改めて感じました。

逆に言えば、こうした「教育力」に触れるチャンスを逸した若者が、現代の「教育難民」として排出されている現実もあるわけです。

そうでない「民度の低い、夜郎自大な教師顔」をたくさん見てきただけに、顔を見れば、いつでも青年期の信頼を通いあわせることができる、古い仲間を身びいきするわけではなく、こうしたヒトたちとの信頼は、うれしいものです。
そして、こうした社会の「中堅」のバランス感覚というか、節度というか、良識というものが、崩壊したとき、日本の本当のメルトダウンがはじまるのでしょうね。
  1. 2008/06/30(月) 00:00:00|
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身辺雑感です

最近
Mixi で、若い世代と交流はじめました。
Mixiニュースへのカキコミを流し読みしながら、まともというか個性的な視点から文章をかいているひとをピックアップして、友だちになってます。
基本的にMixiそのものが、芸能ニュースとかが多く、自己愛構造体の病理集団的な世界なのですが、もちろん、見てない意見も含めれば、マイミクになる関係は、ネット・カキコミの100億分の1にもならないでしょう。

リアルに友だちと呼べるヒトでさえ、1億分の1単位なんですから、当然ですけどね。

それにしても、自分が知らない世界に生きる、いろいろな若者の息吹に触れるというのは、ワタシの息吹がキライだったり、立場が違うという方も含めて、良い気分です♪
正直、「なるほど、そうゆう捉え方もあるのかあ」と、新鮮だし、老人性自己中毒にとっては、うれしいです。
しかもボケ老人扱いしないで、丁寧につきあってくれるので、感謝してます。

ところで、
「Mixi自己愛構造体の病理集団」のなかでも、ひどい文章を書くのは、新聞社配信のネット・ニュースです。
会社は、若い記者の練習のつもりなんでしょうか?
会社や記者の名前まで出して、よくこんなトイレの落書きのような文章を出させると思うのは、ワタシが老人だからでしょうか?
食品偽装とかは、とやかく騒ぐくせに、マスコミは、自分たちの迷信・妄想の垂れ流しは、問題にしようとしません。
ヒドイものです。

「表現の自由」とか「知る権利」とか言いながら、警察記者クラブで配られるコピーを書き直すだけで、「事実報道」の顔をした幼稚な意見を、模倣犯を誘発するように、土石流なみに注ぎ込まれる若者たちが、気の毒です。
どうしてこれは、「世論操作」で、「公害」と呼ばれないのでしょうか?

ポルノが犯罪につながるという妄想が堂々と通用し始めてますから、こうした猥雑情報は、いずれ「表現・言論の自由」を、自分から締めつけることになるでしょう。
規制がはじまっても、はじめは線香花火のように反対しますが、長続きできないのは、自分たちが普段していることが、すでに読者国民を裏切っているからなんです。

メルトダウンは、いたるところで起きてますね。

自分の幻想への
閉じこもり傾向は、若者ばかりではありません。

75歳以上の老人をイジメる後期高齢者医療保険法は、国民的人気を誇った小泉元首相の時代に提出された法案でした。
当時、この事件簿では、なんども小泉批判をくりかえしていましたが、街に出かけても、ここを読んだ友人からは、変わり者あつかいでした(苦笑)

で、市が応援していた60歳以上むけのメーリングリストで、タウンミーティング事件にからんで、コイズミ批判を書いたら、ご老人の読者からは、わざわざ匿名で「国民の選択を、批判するのか!」と、恫喝されたくらいです(笑)
「マスコミにノセられるままに、バカ丸出しの小泉人気が、気に入らない」と書いているのに、「そんな国民」を持ち出して、ワタシを黙らせようとは、とんだ勘違い老人でした(泣)

偶然でしょうが、その後、そのメーリングリストは、「役目を終えた」と称して、消滅しました。
ちょうど、今の市長に代わったころの話です。

ひとつの流れが変わったかもです。
で、いまや、「山が動いた」どころではなく、「山が崩れた」ってとこですね。

日常生活を律する
厳格なおきてをもたない日本社会は、戦前の戦争中でもそうでしたが、特に戦後は、ミーハー芸能ニュースも含めて、大衆文化の共同幻想の実験場として、「自己愛構造体病理」が、自由にかっ歩しました。
その結末が、2chや裏2chに代表される、「脊髄反射的な情動的自由な言論」でしょう。
しかもそれはマスコミがリードしていることを、Mixiニュースの現場を見て、はじめて知りました。

いまや煮詰まったかに見えるポピュリズム政治も、スポーツ・芸能といった大衆文化を通じて、だれかがマスコミをつかって、夜郎自大に大衆操作してきた結果です。

今回の北朝鮮への日本政府の対応でも、福田首相に小泉元首相がアドバイスしているとか。
レイムダック化しているブッシュが、次の政権になって、いくつもの失政・暴挙を追求されたとき、できるだけ外交得点を稼ぐためには、コイズミは自分の問題でもあるわけですから、ブッシュ・コイズミは、拉致にこだわる日本の世論を、沈静化させたいでしょう。

ケチがついている安倍・山崎2人組の、2chのような茶番は、ガス抜きでしょう。
他人を使い捨てできるコイズミなら、考えそうな、マスコミ受けネライのスジガキです。

しかし日本のマスコミは、こうした情勢の背後にあるアメリカの動静を、あいかわらず、触れようともしていません。
アキバ事件を、一番喜んでいるのは、ブッシュとコイズミかな?

ここでも、貧者の一灯として、ネオリベラリズムの大衆思考操作については、とやかく・とやかく、言い続けないと、いけませんね。

ところで、
今度の岩手・宮城内陸地震での、200人を超える怪我人のうち、81人からの回答によると、外に飛び出したり、入浴中に足を滑らせたりして転んでけがをした人が最も多く、25人でした。
割れた窓ガラスや花瓶を踏むなどしてけがをした人も17人で、あわてて行動したことが原因とみられるけがが半数を占めました。
また、倒れた家具や電化製品に体を挟まれた人がおよそ5分の1の、15人いました。

あれほどの震度なのに、怪我人の数だけでいえば、家具の落下より、「あわてた行動」が、危ないということです。
「まず火を消せ」という迷信も、やっと危険視されるようになりましたね。

死亡事故第一号は、一関市の市内で、クリーニング屋から、「あわてて飛び出して」トラックにはねられた60歳の男性でした。
記録上での第1級の揺れだったわけで、震源地近くでは山が崩落したほどですから、それほど激しかったというのもわかりますが、一関市はワタシが住む仙台と同じで震度5強とのこと。

同じ震度でも、場所や条件によって揺れは違うでしょうし、ほとんど瞬間的な反応だったのでしょうが、店を飛び出して道路に出るまで、瞬間移動できるはずもなく、トラックが往来する道路環境も目に入らないくらいのパニックが、被害者を襲ったのでしょう。

一方、
歩行者天国への、暴走トラックの侵入は、今度のアキバ事件以前には、仙台でもありました。
ほかにも、ブレーキとアクセルのふみ違いや、一方通行での老人の逆走など、車社会での、走る凶器の暴走は、いつでも起こりうることです。
山形や岩手の人から言わせると、仙台の車の運転は、怖いくらい、メチャメチャだとか。
なんとなく、わかります。
ワタシ自身も、オシャベリに夢中になったおばさんが運転する、一通を逆走してくる車に、遭遇したことがありますから。

で、こうした急な場面で、ワタシ自身、とっさに避けきれるかどうか、正直、疑問です。

ただ、「想定ずみ」というだけで、ずいぶん、事態の受け止め方は、違ってくるものなのです。
ワタシも長生きしてますから、多少は事故に遭遇してますが、車が飛びこんでくるような事故では、「動体視力」が働いて、車の動きがゆっくり見えてきますし、崖から落ちても、崖底の深さがわっていれば、自然に受身がとれます。

これは性格的なものも影響するようで、前に聞いた話では、飛び込んでくるトラックに、「このヤロー!」と、自分から車をぶつけたヒトがいました。
交通事故直後、奥さんと片手を吊りながら、包帯だらけの姿で、家庭内DVで相談に来たヒトでしたけど。

ワタシの友人は、正義漢で、呑んで泥酔すると説教するクセがあって、飲み屋でカランだらしくて、階段から落ちて、寝たきりになりましたが、「突き落とされたのだろう」というのが、周囲の見方です。

何が言いたいかというと、われわれは普段から、日常的には、何かに気をとられて生きているわけで、その習慣的思考からは、なかなか逃げられないということです。

それにしても、その「気をとられ方」なのですが、自爆テロが頻発する国のヒトから見ると、アキバ事件の殺傷数は、「信じられないくらい多い数」みたいです。

アキバ事件に際して、
救命活動に動いたヒトたちが表彰されたそうですが、最初に刺された3人は、救命に駆けつけたヒトだったとか。
こんな男に刺されて命を落としたのでは、それこそ、泣くに泣けないとばっちりです。

犯人は、トラック突入と、ナイフでの殺傷と、わざわざ最近の通り魔事件の手口を、2つもコラボしてます。
硫化水素ガスの発生装置を、車に取り付けてなかったのが、不思議なくらいです。

ワタシは、昭和20年生まれですから、戦争中、戦場や戦災で、偶然に左右されて、みすみす命が失われていった話は、子守唄代わりにたくさん聞かされました。

1枚の表彰状と、息子の命を、取り替えるようとは、ワタシは思いません。
たとえ「靖国にいれてやる」といわれても、お断りです!


ところで、あの事件直後のアキバを写したTVニュースで、わざわざ雑踏を駆け抜けていく男性が写っていました。
あの事件後でさえ、周囲は、自分たちのオシャベリや関心に夢中で、その男には無関心でした。
わたしなら、わざわざ雑踏の中を走っている男を見ただけで、心の中で構えますけどね。

よく雑踏で、道に迷ったように、ボンヤリしているオバサンとかいると、ワタシは、相手が次に、右か左か、どっちに動き出すかを確かめてから、そばを通ります。

相手を見ないで、自分の興味や関心にしか没頭できなくなった、金魚鉢のなかの金魚のような平和ボケ感覚は、日本中、すみずみまでいきわたっているみたいです。

「オタク」だ、「派遣」だ、「結局、何もわからなかった」と、宮崎事件やアキバ事件の原因究明に思考停止する脳味噌は、「イジメの傍観者」と同じです。



  1. 2008/06/23(月) 00:00:00|
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この1週間

ウザイくらい
マスコミは、アキバ事件で、フィーバーしてました。

勝ち組も負け組も、「板こ一枚下は地獄」という思いが、日本列島を震撼させたという感じかしら?
短い時間で、あれだけの人数を殺傷できたこと自体、自衛能力すら失った、平和ボケ日本を象徴する事件でもありました。

まるで幼稚園の運動会に、刀を振り回して飛び込んだみたいなもので、被害者たちは、刺されるままに、人形のように無造作に殺されていったみたいです。
被害者たちは、「まさか、あえりない」と思っていたのでしょうが、硫化水素ガスの巻き込み自殺や、電車のホームで突き落とされたりが流行っているように、この程度の危機状況は、今時はいくらでも「ありえる話」だということです。

倒れたヒトを助け起こしにいって、刺された女子大生もいたようで、気の毒ですが、「振り込め詐欺」や「オタク狩り」に巻き込まれた状況と同じで、これもまた現代日本人の「共同幻想」の犠牲者です。

どんな場面でも、「自分は安全だ」と信じることは、自我の確定には必要なことです。
しかし加藤も含めて、「脆弱な自我」は、かえって過剰に「自分」にこだわり、むしろ客観的に自己をみつめる「冷静な危機管理」に、「盲点」をうみます。
加藤が、事件の結果、「自分がどうなるか」の、具体的なイメージを持たなかったように、多くの自死も、「他者を見失った、自意識地獄の果て」に、死を選びます。

犠牲者には気の毒ですが、「自己愛幻想に沈んだ、孤立した群集=孤衆」は、危機管理では、最も脆弱であることを示した事件でした。

これは今回の事件の、大きな教訓のひとつです。

一方、
一見、たくさんの情報が流れているのですが、肝心なことは多くが隠されている気がします。
例えば犯人逮捕の際に、警棒を落として、ピストルも扱えずに、2人の被害者を増やした警官のヘタレな失態をごまかすように、取調べ中の中間情報が、やたら警察からマスコミに流れています。

いつもやたら秘密主義なのに、今回に限って、ここまで捜査内容を流す理由は、どこにあるんでしょうか?
裁判員制度のスタートを意識した、捜査途上の情報の公開ですかね?
もはや異次元空間化して、大人の常識では手に負えなくなった、アキバのホコテン潰しが、ねらいかしら?
国際的な死刑廃止論からの日本批判に対し、「国民が死刑を求めている」という世論形成が目的?

マスコミが流す、事件の背景を示すキー・ワードも、1週間のうちに、微妙に変化がでてきてます。
アキバ、オタクから、トヨタ子会社の契約社員、雇用不安、ナイフの取り締まり、成績優秀、暴力的教育環境、家庭内暴力、両親の離婚、、、、。

これに応じて、ネットでのカキコミも、フィーバーしてました。
ただこうしたネット・カキコの多くは、学歴重視にがんじがらめにされて育った若い世代が多いせいか、ほとんどが高校のクラス会レベルの、マスコミ情報に短絡に反応したリンチ論中心で、正直うんざりしてたのですが、中には数は少ないながら、冷静な見解もあって、むしろこっちに驚きました。

ちゃんとしたセンスが生まれつつあることに、安心しました。
こうしたセンスを、ちゃんと見つけて育てることが、大人としての大切な仕事であることも、改めて思いました。

それにしても、
日本の若者を支配する学歴主義は、すさまじいものがあります。
たまたまアキバ事件の犯人が、進学校でのオチコボレが、大きなコンプレックスになっていたこともあってのことでしょうが、そうした環境が幻想共同体にすぎないと客観視できる視線は、30歳以下のカキコには、ほとんど見かけませんでした。
まるでこの世代以下は、安っぽい予備校価値観に、そろって汚染されているみたいに、思えてしまいます。

これだけ学校のシステムが、若者の人生に大きな影響力を持つ割には、文部科学省以下のガッコ・システムは、いい加減すぎます。
今度の事件を契機に、派遣労働について、目先だけとはいえ、いろいろな見直しが起きてるようですが、こうした見直しすら、文部科学省はしたことないです。

これだけの事件を起こした少年ですから、成績低迷や家庭内暴力ひとつにしても、兆候はあったはずなのです。
それを、「目だたなかった。見えなかった」で、すましていられる神経が、わからない。
Mixiのカキコにもありましたが、教育力をもたない家庭に育った若者は、これでは孤立するだけです。
「新しい難民」の形成が、進行しているのでしょうか?

しかしそうした若者が、人生を賭けるにしては、日本のガッコ教育のシステムは杜撰すぎます。
しかもそんなガッコですら、一旦、出されたら、いよいよ負け組は、新自由主義市場経済の使い捨て労働力として、寄る辺なく彷徨うしかない時代なのです。

すでのおわかりのように
今回、Mixiに参加して、若者たちのニュースへのカキコを取材しました。
HNは、江戸友禅を意識して、絵を描くから「絵師」と名乗りましたが、正式には「模様師」っていうんです。
イカサマのところも、ちょうどよいかと思ってます(笑)

Mixiは、ここのブログの下書き的な役目で、瞬間風速的な感想は、若いヒトたちとの会話も含めて、Mixiでやって、積み上げた感想を、こっちの「事件簿」で、と思ってます。

で、アキバ事件の犯人像ですが、
なんたらいう臨床心理士とかいうのが、二十歳前の青年に「アホか!」と切捨てられるくらい、めちゃダサのコメントを出してました。
海外からも、「底が浅い記事の連続」と、批判されてました。
アフリカでも、話題になっている事件だそうです。

どこまで犯人の心の闇に迫れるかで、今後のこの手の暴走への、世論形成や予防にもつながるのですが、警察もマスコミも精神科医もカウンセラーも、その覚悟と力はあるのかしら?
能天気なジャーナリストたちは意識してないようですが、日本人の危機管理能力を、世界はジーッと注目しています。

一方、こうした害にしかならない、もっともらしい講釈を垂れ流す臨床心理士見たいな手合いを警戒して、WHOは、群発自殺防止のために、マスコミ報道のためのガイドラインを設けています。

A写真や遺書を公表しない
B自殺の方法について詳細に報道しない
C原因を単純化して報じない
D自殺を美化したりセンセーショナルに報じない
E宗教的・文化的な固定観念を用いない
F自殺を責めない

というものです。

「何を言っても自由」ではあるのですが、「専門家」を名乗っているなら、ガキじゃないんだから、前のNHKに出てきた女性カウンセラーと同じで、自分の発言の影響力まで、把握してもらわないと困ります。

これでは、ネットに犯行予告して、「捕まるとは思わなかった」といっている、幼児レベルに退行した中学生と、同じレベルです。

まあ自分が、次の犯罪を誘発していることを感じとれるくらいなら、こうした無責任な発言で、名前まで出せないよね。
河合元文化庁長官は、こうした臨床心理士たちに、なにを教えて、資格を与えたんでしょうか?

自分たち仲間内の利権のために、若者たちの命や魂をもてあそんでは、いけません。
故人ではありますが、あえて書いておきます。
故河合氏が得意だったというホラ話は、本来、まともなことをいうための方便なはずですが、彼は所詮は、「曲学阿世」だったのですね。

で、警察もマスコミも、今回の事件では、このWHOのガイドラインに、ほとんど抵触してますね。
マスコミは自分たちが、楽な記事を書くためには、犯罪の誘発などは、知ったことではないわけです。
なにせ、「悪いのは、犯人」なのですから。

で、「アキバのヒグラシ」は、こうしたジコチューな梅雨の合間に、泣きしぐれるのです。

それにしても、
戦前の1938年岡山でおきた「津山30人殺し」の犯人・都井睦雄は、前年に起きた阿部定の事件をセンセーショナルに取り上げた新聞記事のスクラップ・ブックを作っていて、事件前に、友人に阿部定事件を強く意識していることを、話しています。
2000年の西鉄バスジャック事件の犯人・少年Tは、1997年の酒鬼薔薇の事件に憧れていました。

このタイプの脆弱な自我は、こうしたジャーナリズムがうみだす幻想共同体に、すでに70年前から、強い親和性を見せる傾向があります。
今回のネットへの幻想的信頼も、そうした心理のあらわれです。
その意味では、こうした大量殺傷事件は、すべてとはいいませんが、商業マスコミの成立とは、かなり強い関係にあります。
「裏返しのポピュリズム」とでも表現すればよいでしょうか?
多分、ジャーナリズムの、夜郎自大な正義感に、「自己愛構造体の病理」が、投影同一視して、うずくんではないでしょうか。

現にすでに、警察とマスコミが垂れ流す捜査途上のニュースに反応して、さびしくなれば、何度捕まっても露出する変質者のような、幼児レベル以下の学習能力に退行しているイタズラ犯罪的な、犯罪予告が、何件も出ています。
こうした露出狂は、キモイけど、気の小さい実害はない、ウザイ手合いにすぎません。


今回、アキバ事件が、日本中に与えた衝撃の深さが、知りたかったのですが、アキバ、携帯中毒、オタク、学歴社会のオチコボレ、契約社員、というキーワード以上に、「裏返しのポピュリズム」というのが、「ひょっとすると自分も」と、マスコミや若者たちに思わせたところが、最大の衝撃だったのではなかったでしょうか?

日曜日のアキバのホコテンに群がっていたヒトなら、携帯で掲示板に書き込みをしているヒトなら、ポピュリズム的なセンスで他律的に考えるクセのあるヒトなら、家庭内暴力を振るったり思ったりしたヒトなら、わずかな周囲の承認にすがりついて生きているヒトなら、だれでも、加藤の孤独と幻想を、自分に、重ねてしまう瞬間があったはずです。

今日のニュースでは、自分たちのコスプレ・パフォーマンスの舞台として、アキバのホコテン存続を、通行人に訴える若者たちが映っていました。
事件を、携帯で映して、ネットで流す、異様なヤジウマ若者の姿が、多かったですものね。
加藤の孤独と幻想が、姿を変えて、繁殖するかどうか?

それだけに、それだからこそ、加藤の凶暴な暴力性の核心には、警察は隠すことなく、掘り下げておかないといけないのですが、どうせまたごまかすんでしょうね。
警察にできないのなら、それは専門家のお仕事になるはずです。

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2008年岩手・宮城内陸地震ですが、
巻き込まれた方々は、お気の毒でした。
もともと火山灰地なので、あの被害なのでしょうが、放出されたエネルギーも半端でなかったようで、都市部だったら、被害は甚大だったでしょう。

それにしても、あんな山奥にも、舗装道路はいきわたっているんですね。
巻き込まれた車が少なかったことが、良かったのか、悪かったのか?

今回の地震の特徴は、やたら余震が続くことで、50km近く離れたワタシのところでは、身体も慣れましたが、被災の激しかったところでは、怯えが残るでしょうね。

カウンセラーは、必要ですよ、これは。
想像力はいらない、目の前の恐怖なんですから、臨床心理士でも、そのくらいはできるんでしょ?

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身近な話ですが、
筋ジストロフィーを発症した友人を、見舞いにいってきました。

地震の余震が続くなか、ローカル線の運行がどうかと思いましたが、さいわい平常運転なそうで、出かけてきました。

彼の筋ジスは、急な発症で、しかも超高速な悪化で、今、会っておかないと、来週にはもう声も聞けないかもなので、仲間と連れだって出かけました。

才能・財力、すべてに恵まれた男でしたが、平和ボケ日本での、たかが60年の人生でも、波乱万丈です。
世が世であれば、地方ではトップクラスの財界人になったでしょうが、今は、孫にもめぐまれて、シアワセな闘病生活であることが、うれしいです。

もうひとり脳挫傷の友人は、これまた孫に囲まれた、元気?な闘病生活で、周囲に笑がたえません(爆)

先日も、嚥下の練習中に、唇にウイスキーを塗ってやったら、指を噛まれました。

ワタシと、どっちが「お先に失礼」になるかわかりませんが、生きてるうちは、お互いなんとか一緒の時間をすごせたらと思ってます。

周囲には、お金持ちから、貧乏人まで、おリコウさんから、不真面目まで、いろいろいますけど、それぞれ今の日本では、幸・不幸もたっぷり味わう、充実した人生だと思います(苦笑)

この先、もうちょっととは思いますが、まあよろしくです。

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同行した仲間の中の医者と、雑談のなかで、「幼児虐待と近親姦が重なると、凶暴性が育つ例が多い」と話していたところ、横から急に話題を変えられました。
うすうすは感じてたのですが、やはり身近でも、そんなに少ない話ではないようです。













  1. 2008/06/16(月) 00:00:00|
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投影同一視の役目

アキバの事件ですが、
「自己愛構造体病理の反乱」とでもいうのでしょうか?
犯人の青年が、すでに模倣犯ですが、今後、また連鎖するでしょう。
衝動をかかえた若者は、10万人単位でいますから、イスラム原理主義の自爆テロと同じで、感染先に不足はありません。

犠牲者にはお気の毒ですが、25歳の青年を、「生きるのに疲れた」とまで追い詰めたものへの究明や反省もないまま、リンチ世論は、その体制そのものが社会病理ですので、まったく百害あって一利なしです。
映画のエキストラのように、「ダレでも良かった」と言い捨てられて、理不尽に命を奪われ、傷を負わされた犠牲者の方にも、原因の詳細な究明こそが供養でしょう。

しかしマスコミもふくめて、こうした事態への説明は、「あってはならないこと。信じられない」といった、ワイドショーなみの無能の呪文に終始しています。

しかしはっきりいって、こうした事件の犠牲者たちは、社会病理としての「命の軽さ」の原因究明を無視してきた国策による、「現代の見えない戦争」での「戦死」です。


ヒトは、幼児期から、
親や周囲の大人に憧れることで、投影同一視して、人格をつくりあげていきます。
力強く的確な判断をくだし、重い物を苦もなく持ち上げる父親や、テキパキと魔法のようにおいしい料理を作り上げる母親。
そして行動範囲がひろがり、社会もひろがるにともない、家族とは違う価値観の友人や先生といった人物に、同一視の対象をひろげて、自分の世界をひろげていきます。

そしてその理想化した対象への、反抗期などを通じて、現実的に検証する目も、大人へのステップになります。
逆に言えば、男であれ、女であれ、「同性に憧れている」うちは、精神的に「未熟」なわけです。
身近の大人に、理想化できる相手をもたないと、外部にその対象を求めます。

このプロセスは、複雑で、急な進展はありません。
まったく親に依存しきった時代から、独自性を発揮し始め、やがて親も「長所も短所もある一人の人間」として、客観的に見はじめるのが、小学生高学年ごろです。
小学6年生段階で、「お父さんは、いろいろなところへ連れていってくれた。お母さんは、おいしい料理をたくさんつくってくれた」といった、ジコチューなだけの認識レベルでは、心もとないことになります。

身体は大きくなっても、知識だけは豊富でも、こうしたレベルの大人は、今はいくらでもウロウロしています。
例えば、最近、本屋では、「ランキング入りした本だけ」が売れるそうです。
中学生や高校生なら、大人が薦める教科書を読むということもあるでしょうが、「大人」が、自分の思考力の糧になる本を、「本屋が売りたい本のランキング」に依存してないと「不安」というのは、「精神の幼稚化・過保護化」です。

これもまた、ワタシがいう「共同体幻想」です。

学歴だ、
一流企業だ、勝ち組だと、実体のない価値観を共有する共同体に生きて振り回されてヒトたちは、自分の考える糧までも他人任せになるのでしょう。
こうしたヒトたちは、25歳で「生きるのに疲れた」青年の痛みに、思いを寄せることすらできない、自分の心の空虚さにすら不感症になった、「孤独な群集=孤衆」にすぎません。

自分たちの価値観共同体の危うさに、本能的に気づいている分、彼らは自分たちに異質なものには、不寛容になります。

実は今週は
田舎新聞に載った、家庭教育を論じた精神科医の、ナンセンスな話をヤリダマにあげて、その能天気さと、マスコミのジコチューぶりを、糾弾するつもりでした。
このコナーの前任者だった教育評論家は、家庭でマリファナを栽培して、つかまりました。

オバマ大統領候補も若いときにはクスリに溺れたと言ってますし、教育評論家がマリファナを吸っていけない理由はないですが、その精神の幼稚さはゆがめません。
初老を迎えた自分が、マルファナを吸う理由を書けば、良かったのにね。
組織的に彼を応援した、消費者の生活支援をウリにしている某団体は、その責任は、取ろうともしてませんけど。
ここにも、「共同体幻想」が、うごめいてます。

それにしても、どうして、「教育」というと、日本では、本音ではなくて、「ウソ話」しか世の中に横行しないのでしょうか?
河合元文化庁長官以下、教育というと、まともな議論ができないヒトがハビコるというのは、なんとも哀しい国情です。






  1. 2008/06/09(月) 00:00:00|
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自己愛構造体という視点

素人が、

いろいろ書いてますが、投影同一視をもてあそんで、周囲に不信感を撒き散らして、人間関係を混乱させる境界例の事例については、専門家も素人も、ネットでいろいろノートを情報を展開しているので、参考にしてください。

ですからここでは、「そこまでは、いってないけど、やっぱ変」という例を、いくつか取り上げて、自分自身の反省の手掛かりにするという、本来のスタンスに戻っておくことにします。

ただその前に、もう少し、今までの話を補足しておきます。

要するに、心は、元文化庁長官がいうような、モノとして存在するのではなくて、人との関係で生まれる「働き」です。
だから、「心=関係性の癖や故障」は、イノセント・タブーがはたらく親子関係以上に、全人的な関係になる性的関係に、最も集約されます。

精神分析の理論によれば、大人の性的逸脱は、子ども時代の性的な「罪悪感と劣等感」から起因します。
サド・マゾヒズムも、フェティシズムも、同性愛も、露出、さわり、のぞきも、ペドフィリアも、精神病理的要因の錯綜から生まれた、複合的帰結と説明されます。

だから「失われた自分」の「回復への試み」は、この性関係に集約されて、出現しやすいわけです。

ところがそのレベルは、「正常」から「ちょっとした癖」から「変態」から「軽犯罪」から「重犯罪」まで、限りないグラデーション連続体です。

このひとつひとつを追いかけていくには、素人には荷が勝ちすぎますが、ワタシがいう「自己愛構造体の病理現象」という枠組みからなら、ワタシが試みたように、素人にもわかりやすい説明や思いつきが、ある程度はできてくるのではないでしょうか。

と、わざわざいわなくとも、ここも含めて、世にはびこるブログ群やHP群は、ほとんど自己愛構造体の病歴群ですけどね(笑)

************

しかし裁判員制度が

始まると、そうしたノンキなことをいってらんなくなって、いやおうなしに普通の市民が、そうした判断を迫られる場面に追い込まれます。

ところが、光市親子殺害事件では、世論はリンチ社会への風潮を見せて、判決にまで影響をあたえたようです。
一方、道端では、小学生が、警察や教育委員会に仕組まれて、「不審者情報」集めに、少年探偵団ゴッコです。

さいわい子どもたちはノッてないようですが、ワタシが心配しているのは、露出や下着泥棒といったレベルと凶悪暴力とを、短絡につなぐ思考パターンの横行なのです。
先週、しつこく書いた、近親姦セクハラと児童ポルノを強引に結びつけたNHKの報道は、そうした「似て非なるもの」の間を、反省もなく飛躍するパターンの典型です。

マスコミの無責任な「言いっぱなし」の弊害は、大小さまざまありますが、特にTV放送は、一般には記録が残らないケースも多く、よほど大きな問題以外は、塵あくたのように風に舞って厄介です。
手元に材料がないので責任追及ができないのですが、光市親子殺害事件でのリンチ世論の形成には、この夜郎自大なマスコミの塵あくたが、素材やきっかけになっていたはずです。

それだけに、多少なりとも「まともっぽい人間理解のモノサシ」を、世に広げたいと、願っているのですよオジサンは。

もちろん数多ある人間理解理論のなかで、精神分析的説明だけが、正しいという理由はありません。
ただ今のところ、この立場からの説明が、その本人の未来展望に、一番「やさしい」という実感と予感があるからお勧めしているだけなんです。
*だから精神分析医が、人間理解に「妥当性があって、やさしい」などといっているわけではないので、くれぐれもお間違いなく。
*そうでない例は、2チャンネルあたりに実名をあげて、糾弾したいくらいです(笑)
*なかには、自分が診断して、わたしにカウンセリングとアフターケアを「任せたい」などという医者まで、いるくらいですので(泣) アイツを2チャンネルに売るかどうかは、まだ検討中です。


で、児童ポルノ禁止法の改正では、写真そのものが、子どもへの人権侵害状況の現場証拠そのものなのですから、その所持を認める理由は無いですが、その所持取締り方法は、もう少し工夫が必要でしょうね。

少なくとも、気の弱い、実害があるとも思えないペドフィリア傾向の青年に、必要以上に社会的圧力をかけて、女子中高生たちに美人局のような小遣い稼ぎ方法をひろめたり、写真を送りつけて脅迫する新しい「振り込め詐欺産業」に手口をひげてやることは、「ご町内の平和」を守る立場の美少女仮面的には、得策ではないと思います。

まして、マンガやゲームといった創作物まで禁止することは、幼稚な精神科医から逃れて「病気でいる権利」や、「自己治療への権利」への侵害になります。
これこそが、内省力のない政治家と官僚と宗教家たちによる、モラル・ハラスメントです。

ここに歯止めをかけないと、かつてホモを虐殺したナチ社会なみの、狂信者による社会支配が再現しちゃいます。

しかしそうした目論見が、「構造改革」を隠れ蓑にした小泉専制の残照があるうちに、あわただしく進行している気配に、ワタシは悪寒が走っているのです。

**************

蛇足

榊原英資なる97-99年に財務官を勤めて、「ミスター円」とかまでいわれた男が、原油と食糧の価格高騰からの「日本没落」を予告して、エネルギー戦略と食糧戦略の必要を説いてくれてます。

で、今更ながらのお話でして、涙が出ます。

つまるところ、グローバル化の荒波に洗われて、われわれは「なすすべがない」という、ご宣託なようです。
つーことは、国民すべてが株屋になって、賭博生活に明け暮れないと、もはや日本は生きていけないってことですか?

こうなると「今まで、何してた?」と、こっちが聞きたいのですけど。
こうゆうヤツをいうんですね、「月給ドロボー」って!

とぼけているのか、本当にバカなのか、バカなフリしているのか?
こうゆう男が、何を言うかよりも、何を隠しているかが、問題なんですよね。

だから、「これで、何が守れるのか?」もアイマイな児童ポルノ禁止法改正も、法律というのは、外人タレントのたどたどしい日本語の流行歌じゃないのですから、そのときの感情の昂ぶりだけでなくて、「後でシマッた!」にならないように、本質的な議論をしておかないと、マズイのです。

まあ、船場吉兆の廃業じゃないですが、日本が没落しちゃえば、それどころではなくなるでしょうけどね(爆)
そのとき榊原みたいな秀才は、きっと言うんでしょうね、「だから、ボクが予告したでしょ?!」とかって(泣)
  1. 2008/06/02(月) 00:00:00|
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カウンタ

プロフィール

元・学園長

Author: 元・学園長


ここを執筆する 元・学園長 ですが、還暦はとうにすぎているのに、最近、江戸 手描き友禅 の修行もはじめました。

ここの絵は、当時小学4年生の男の子が描いてくれた絵です。
下手な写真よりも、はるかに元・学園長の特徴をつかんだ、観察力と表現力なので、今でも大切にしています。

はじめての方は、引越しソバ代わりのおみやげもありますので、下記をご覧ください。
引越しのご挨拶

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